日本中の期待を背負って出場したソルトレークシティ五輪では、惜しくも0.03秒差の銀メダルとなった。清水はソルトレーク五輪の前年に世界新記録を更新した。誰もが連覇を疑わなかったが、オリンピックの3か月前に交通事故に遭い、腰の痛みでトレーニングができなくなった。オリンピック2か月前のレースでは25位と惨敗し、オリンピック出場すら危ぶまれた。しかし清水は諦めず、ショートトラック日本代表監督の柏原幹史からの指導のもとコーナーリング強化に取り組んだ。痛み止めを打ってオリンピックに出場した清水はスタートを成功させ、さらに磨き上げたコーナーリングで長野五輪を上回るタイムを出した。結果は銀メダルだったが、2大会連続メダルは日本人初の快挙だった。金メダルを撮った元アメリカ代表のケーシー・フィッツランドルフは、けがのことはだいぶ後になってから知ったがそういうところを尊敬している、世の中には言い訳をして注目を集めようとする人もいるがそうはしなかった、けがをしていながら銀メダルをとれる世界唯一の選手だと話した。元スピードスケート日本代表の武田豊樹は、メンタルの強さが清水の一番の武器だと話した。トリノ五輪では18位に終わり、バンクーバー五輪代表選考会は7位で代表落選となった。最後まで勝負に挑む姿を見た元日本代表の加藤条治は、スパッと辞める選手より最後まで粘ってボロボロになって辞めていくのがかっこよく見える、尊敬し続ける道しるべ的おにいちゃんだと話した。
