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「溶姫」 のテレビ露出情報

加賀百万石の栄華を誇った前田家の居城の金沢城。その城に寄り添うように美しい庭がある。特別名勝の兼六園は3万4000坪の広大な敷地に作られた大名庭園で、大きな池を中心に配置しその周囲に園路を巡らせて様々な景色を堪能できる林泉回遊式庭園。池のほとりにたつのは徽軫灯籠。2本の足が琴の弦を支える琴柱ににていることからそう呼ばれている。傍らにかかる虹橋が琴の胴体で、瀬落としの水の流れを弦に見立てて琴の姿をあらわしている。徽軫灯籠は左右の足の長さが違うが、江戸末期に描かれた絵巻の灯籠をみれば、同じ長さ。いつ短くなったのか?
兼六園は延宝4年に5代の前田綱紀がこの地に屋敷を建てた。以来代々の当主が手を加え13代の前田斉泰が兼六園を現在の回遊式庭園にした。園内の一番大きな池が霞ヶ池。池に浮かぶ島は不老不死の仙人が住む山になぞらえて蓬莱島と名付けられ前だけの長寿と繁栄を願う。ここで斉泰は加賀藩江戸上屋敷にあるものを作ったが、現存する重要文化財は?と問題が出た。正解は赤門。東京大学本郷キャンパスは、旧加賀藩の屋敷跡に建てられた。代々、徳川将軍家と婚姻関係を結んできた前田家。前田斉泰は徳川家斉の娘の溶姫を正室に迎え、加賀藩江戸上屋敷に朱塗の堂々たる姫専用の赤門を建てた。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年11月24日放送 8:00 - 9:55 テレビ朝日
羽鳥慎一モーニングショーニュースをわかりやすく 羽鳥パネル
東京大学にある旧加賀屋敷御守殿門が建てられたのは江戸後期で1931年重要文化財に指定。理由は徳川家斉の娘を正室として迎えるにあたり加賀藩主の前田家がその住まいとともに建立。赤い理由は高い位の大名には朱塗りの門を建てる慣習があった。1871年加賀藩邸の大半が文部省用地となり、1877年東大に移管した。

2025年8月23日放送 19:37 - 20:07 NHK総合
ブラタモリ加賀百万石と東大
旅のお題は「東大にしかない“宝”とは?」。東京大学の赤門の屋根瓦には徳川家の家紋が刻まれている。江戸時代、徳川家の娘と結婚する時、朱塗りの門を建てる習慣があった。つまり、この場所は徳川家の娘の御殿だった。この御殿の持ち主である徳川家の娘が亡くなると門は全て取り壊さなければいけない決まりがあった。この赤門が残った理由は大政奉還後に亡くなったから。

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