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オープニング映像。
加賀百万石の栄華を誇った前田家の居城の金沢城。その城に寄り添うように美しい庭がある。特別名勝の兼六園は3万4000坪の広大な敷地に作られた大名庭園で、大きな池を中心に配置しその周囲に園路を巡らせて様々な景色を堪能できる林泉回遊式庭園。池のほとりにたつのは徽軫灯籠。2本の足が琴の弦を支える琴柱ににていることからそう呼ばれている。傍らにかかる虹橋が琴の胴体で、瀬落としの水の流れを弦に見立てて琴の姿をあらわしている。徽軫灯籠は左右の足の長さが違うが、江戸末期に描かれた絵巻の灯籠をみれば、同じ長さ。いつ短くなったのか?
兼六園は延宝4年に5代の前田綱紀がこの地に屋敷を建てた。以来代々の当主が手を加え13代の前田斉泰が兼六園を現在の回遊式庭園にした。園内の一番大きな池が霞ヶ池。池に浮かぶ島は不老不死の仙人が住む山になぞらえて蓬莱島と名付けられ前だけの長寿と繁栄を願う。ここで斉泰は加賀藩江戸上屋敷にあるものを作ったが、現存する重要文化財は?と問題が出た。正解は赤門。東京大学本郷キャンパスは、旧加賀藩の屋敷跡に建てられた。代々、徳川将軍家と婚姻関係を結んできた前田家。前田斉泰は徳川家斉の娘の溶姫を正室に迎え、加賀藩江戸上屋敷に朱塗の堂々たる姫専用の赤門を建てた。
広大な庭を優雅に流れる曲水。その流れにかかる雁行橋は渡り鳥の狩りの群れがV字飛行をする姿を模している。金沢城の石垣にも用いられた戸室石を11枚。意図的に配置している。6つの美しい景色を兼ね備える兼六。その名前の由来がわかる眺望台へ。そこからはすぐ右点に卯辰山、遠くには戸室山が。その先に内灘砂丘があり、日本海が見晴らせる。兼六園は標高53mの高台にあり、この高さが美しさの秘密。
中国の洛陽名園記には優れた庭園の条件は宏大、幽邃、人力、蒼古、水泉、眺望の六つの景色の六勝が兼ね備えていること。相反する6つを合わせるのは難しいとしているが兼六園はこれらの条件をすべて満たしている。眺望台からの見晴らしと、水の流れや池をさす水泉の見事な共存。
兼六園の霞ヶ池は六勝で言うところの宏大。相対する静香で奥深い幽邃について藤村秀人さんは黄門橋。鬱蒼とした林の中にあり、石を重ねたようにみえるが、これは一枚の石。ここは六勝の幽邃や蒼古を感じる場所だという。兼六園の美しさは豊かな水に支えられている。高台にありながら澄んだ水が絶えることなく園内を巡っている。
兼六園では水が絶えず流れている。石管という水道管が通っていて、掘り起こされたものは直径18センチの穴がくり抜かれている。江戸時代に兼六園から隣にある金沢城二の丸へ水を上げていた。伏せ越しという技術を用いて高低差と水圧を利用した当時としては画期的なものだった。別名紅葉山と呼ばれる山崎山は、鬱蒼とした木々や苔むした山肌は、六勝の中の蒼古。秋には紅葉が鮮やかに色づく。山崎山の麓の穴から水が勢いよく流れ出ているが、そこには金沢市内を流れる犀川の水。東におよそ11キロにある犀川の上流の地点から水を取り込んでいる。辰巳用水は今も現役。園内に運ばれた水は砂を落として上水のきれいな水が庭を潤す。この水こそが兼六園という何より六勝という6つの景色を兼ねそなえるという奇跡を生んだ。
兼六園を完成させた前田斉泰は独特の美意識と豊かな発想の持ち主だった。現存する日本最古の噴水は、斉泰が作らせたもの。霞ヶ池を水源に5mの高低差と自然の水圧を利用して水が吹き出している。噴水の高さは最大3.5m。斉泰が植えたとされる樹齢200年の黒松。地面から根がせり上がったように剥き出しに。40本の根が2mほどの高さまでせり上がっていることから根上松と呼ばれている。これは通常より高く盛った土の上に若い松を植え、成長して地面に根を下ろすのを待つ。やがて十分に育った頃に土を削り取って根をむき出しにして作られたもの。ここで問題。昔は多くの参拝客が訪れた根上松。そのご利益は?正解は商売繁盛。
兼六園の徽軫灯籠の脚の長さが違う理由は明治天皇がここを訪れた際に、歩くコースから一番見えやすくするために片足を切って据えたのではという学者もいる。兼六園の初期の姿を残す瓢池。翠滝は11代目がこだわり抜いた滝で六勝でいう幽邃。
山崎は兼六園に何度見ても見飽きない庭だったと答えた。
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