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今回は神奈川県・葉山町にある葉山加地邸を特集。内田有紀が巡る。
オープニング映像。
神奈川県葉山町にやっていた内田有紀。リゾート地としても人気の場所だが、今回の作品は葉山加地邸。国登録有形文化財で、木造と一部鉄筋鉄筋コンクリート造の邸宅は地下一階、地上二階建て。この建物は三井物産の初代ロンドン支店長を務めた加地利夫の別荘だった。設計は遠藤新。後に西の帝国ホテルとも言われた旧甲子園ホテルや、自由学園明日館 講堂など数々の名建築を生み出した。緑青を帯びた銅板の屋根に建物の高さを抑え水平を強調した佇まい。ライトが得意としたブレーリースタルという建物が地面に水平に伸びる設計手法を踏襲。二階の部屋から長い格子状の庇が張り出している。
葉山加地邸は30畳の開放的なリビングがあり、内装や家具を始め、暖炉なども遠藤がデザインしたもの。照明のペンダントライトは金箔の市松模様という日本の伝統的な柄。遠藤建築の特徴は大谷石の柱。テーブルの角は柱にあわせて加工され、食い込むように配置されていた。専門家の井上祐一氏は、遠藤新は彼独自の建築哲学を持っていたという。それは「全一」という、建物だけではなく家具や照明器具にいたるまで、この家に調和するように総合的にデザインされているという。柱に食い込んでみえるテーブルは、遠藤がこの場所に置くことを前提にしていたため。「部分が相済なす美しさ、それがまた全体に参ずる美しさ そして更に全体が及ぶ美しさ」が全一なる対象として、建築を考えるという考えが遠藤の哲学。テーブルの高さと大谷石のネジがぴったりとあう。リビングに隣接した部屋の扉にあるガラスは位置が少しだけ下に。遠藤は、次の間の床が一段低くなっていることを注意するようにガラス窓の位置を少し下げた。五角形のサンルームは南向きで、一日中日差しが差し込む心地よい場所。六角形をモチーフにした椅子やテーブルも印象的。
遠藤は中二階に、加地の妻や子どもたちのために特別な部屋も作った。手前のスペースは3人の子どもたちがくつろげるライブラリー。その対面は、婦人がピアノを弾くための空間になっている。それぞれの居場所がありながら、常に感じられる家族の気配。一階のリビングの真裏にある部屋は加地が熱中していたビリヤード台が置かれていた。中央の天上は低く、愛煙家だった主のために、換気口が設けられている。まさにここは主のための仲間と過ごす社交場だった。造形の妙と独特の意識が織りなす至極の建築はいかにして生まれたのか?
遠藤新は明治22年に福島県・宇田川福田村に生まれた。東京帝国大学の建築学科に在学中にフランク・ロイド・ライトの存在を知って魅了された。そのライトが帝国ホテル2代目本館の設計で来日した際には、建築助手として採用された。そのライトの代表作の一つが「落水荘」。流れる滝の上に立つ家の独創的な発想は天才的。その一方で妥協を一切許さないために、しばしば現場で設計を変更するために建築費の高騰を招き帝国ホテルの建設も難航を極めた。ライトは遠藤をMy Sonと呼ぶほど信頼し、遠藤は誰よりもその建築を継承した。建設途中でやむなく解任されたライトの意思を引き継いで、帝国ホテルを完成させたのが遠藤。その神秘的な美しさは、東洋の宝石と称えられた。
ライトの手から離れ、最初に挑んだ遠藤の仕事が葉山加地邸だった。この時遠藤は37歳で葉山加地邸は2020年に建物はリノベーションされ、1日1組の限定の宿になっている。かつて管理人室だった場所は吹き抜けの浴室に。
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葉山加地邸の建築前の設計図と実際の建物を見比べると左右の位置が逆になっている。建設工事が始まり、現場に赴いた遠藤は、実際に建てる土地や景観を改めて確認するや、突如作業を中断させた。当初の設計図の配置を反転させてしまったという。2階にある展望室からは葉山の町を見下ろせる圧巻の景色が広がる。さらに遠くには相模湾も。遠藤が設計した展望室のパーゴラは、日差しを和らげるだけでなく、景色を切り取って一幅の絵画へと仕立てるための工夫。この景色にこだわったからこそ、建物の位置を反転させた。遠藤は「まず地所を見る。地所が建築を教えて呉れる」と語っていた。
葉山加地邸の食堂にやってきた内田有紀。キッチンではデリバリーや出張シェフを招くのも可能。今回はLUKEのシェフが旬の地食材を使った季節のディナーを作った。江の島産大蛤 シチリア古代小麦のリングイネの味などに内田は美味しいと答えた。1泊38万2200円~となっている。
葉山加地邸では宿泊以外にも見学も可能。支配人自ら丁寧に案内してくれるという。
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新美の巨人たちの次回予告。
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