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今回は画家の木下晋を特集。星野真里がとことん見つめる。
オープニング映像。
栃木県足利市にあるギャラリー碧。そこに画家の木下晋作品がある。今回の作品は「100年の俯瞰」縦135センチ横90センチのケント紙に鉛筆で描かれている。モデルは、瞽女の小林ハルで、盲目の旅芸人のこと。一心に芸を磨き、105歳まで生きた人。食い入るように見つめつくした画家の鉛筆は刻まれた深いシワに語らせる。
神奈川県相模原市の団地で木下晋は妻の君子さんを介護しながら作品を作っている。アトリエは君子さんの傍ら。壁には大判のケント紙。この10年介護をしながら別途に横たわる妻を描いてきた。
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- 相模原市(神奈川)
1947年に富山市で生まれた木下晋。3歳の時に家が全焼し近隣も焼けてしまった。逃れたのは郊外の竹林。ここで両親と兄弟たちとともに番小屋に移り住んだ。3歳の弟は餓死し、貧しさと苦しさに耐えかねた母は家出を繰り返した。
木下晋の初恋は美術の先生だったという。中2で富山大学の彫刻の先生の元、本格的に美術を学んでいた。そんな中、父親が事故死してしまう。大雪のあとの工事現場だった。飢餓と貧困や弟の死、家族の崩壊と、父の死、悲しみの少年時代を過ごした。救ってくれたのは絵画で、油絵具は変えずベニヤ板でクレヨンで描いた裸体。東京で開かれた美術団体の展覧会に応募すると、史上最年少で入選した。絵で食べていけるかもしれないと、高校を中退した。
木下さんの一日を紹介。パーキンソン病を患っている妻のために誤嚥をふせぐためにその食事にとろみをつける。朝食が終わったら絵と向き合う。使ってる鉛筆は10Bから10Hまでの22種類。短くなったらホルダーはめて限界まで使い切る。節約というよりは、こだわり。油絵を描いていた木下晋だったが、海外進出を目論見、ニューヨークで作品を発表しようと、画廊を回ったが全く通用しなかった。 オリジナリティが必要だったために鉛筆画に挑戦しようと考えた。1981年の新潟、そのスタイルを模索していた頃、旅先で老婆が幸運をもたらした。それが瞽女の小林ハルだった。生後間もなく失明した小林さんは、5歳の時に家を出されて、瞽女の集団の中で厳しい稽古を体に刻みつけられた。
小林ハルは旅回りの日々の中で、差別や搾取、暴力などに遭いながらも耐え忍び世の中を恨むことなく、歩んできた人だった。彼女のうたう歌に木下さんは心を掴まれたという。どうしても描きたいと暮らしていた施設に足を運び、1年後に最初の作品の「ゴゼ小林ハル像」が完成した。どんな人生を歩んできたのか、鉛筆で刻まれたシワの一つ一つが訴えかけてくる。深い年輪が作り上げた苦難の歴史の物語。以後20年に渡りハルさんを描き続けた。桜井哲夫の肖像を紹介。青森のリンゴ農家に生まれた桜井さんは13歳の時にハンセン病にかかり、国の隔離政策によって療養所で生涯をおくった。過剰な薬の副作用で鼻は崩れ、眼球も指も失った。
木下晋は桜井哲夫についてかっこよかったと答えた。また自身の家出を繰り返していた母も描いていた。反感も憎悪も捨てて、無くなる直前に始めて向き合ったという。その1日は君子さんの薬の時間で決められている。
木下晋の妻は朝6時から3時間毎の薬が必要だという。薬が効いている2時間半は大人しくなるために、その間にあらゆる家事をこなしている。そして画家になるが、病んだ妻がモデルだという。
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- シー君の興味
木下晋の絵の中にはシー君の興味という絵がある。ともに暮らした猫で、細くて白いヒゲはどうやって描いているのか?細い白い線は消しゴムで一度塗りつぶしたところに線を引く。紙の白をだし、練り消しはぼかしの効果がある。
木下晋さんは妻と駆け落ち同然で結婚した。以来各地を点々としながら苦楽をともにしてきた。20年前に妻はパーキンソン病を発症し、描くようになったのはここ10年のこと。生きるということ、命の尊厳を美しいと気づいた。体調は良いときは夫婦でリハビリの散歩をしている。今年で結婚56年。妻の介護を一生やり抜くつもりだという。制作開始から3週間で取り掛かっていた絵が完成した。
木下晋の新作は妻が拒否を示す手。話すのが不自由な君子さんにとっての夫とのコミュニケーションであり、自分を守るための意思表示。その手さえ美しいという。
新美の巨人たちの次回予告。
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