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今回は画家・山口晃と尾上右近が日本橋を巡る。
オープニング映像。
尾上右近が大好きな絵が日本橋駅の地下にある。日本橋南詰盛況乃圖は縦2m以上、横6mのステンドグラス作品。日本橋とその周辺が描かれているが、よく見ると江戸と現在が1枚の絵に。更に線だけの建物は、老舗食品卸会社のビルのシルエット。線の中に描かれているのは、かつてここにあった建物。過去と現在が同居している。山口晃の絵のコンセプトは過去の景色ごと一目にしたいと描いたものだった。山口さんが描いた原画は、2018年から2年以上かけて制作された。紙にペンと水彩で細密に描かれ、過去が一層にも重なって今がある。ミルフィーユのように、日本橋の特徴を捉えた。ビルの谷間に漂う雲。その中を江戸のサムライたちが闊歩している。見上げるとそびえ建つ丸善ビル。地下のパプリックアートから日本橋高島屋へは徒歩0分。
百貨店の地上一階へ。日本橋高島屋が建てられたのは戦前の昭和8年。平成21年に百貨店建築としては初めて国の重要文化財に指定された。建物の格式を物語る一階の吹き抜けは大理石の柱が立ち並ぶ壮大な空間に。設計は建築家の高橋貞太郎。帝国ホテル本館や、川奈ホテルなどを手掛け、多彩な様式を組み合わせた匠な設計で知られる。西洋の影響が色濃かった昭和初期。建物に求められたのは東洋趣味ヲ貴調トスル現代建築。高橋は西洋建築の中に日本の寺社に見られる釘隠しを使うなど工夫を凝らした。しかし太平洋戦争を挟み、開業からおよそ20年後の昭和27年に経済成長に伴い、買い物客が激増。日本橋高島屋は、13年の間に大規模な増築が4度も行われた。
日本橋高島屋を見上げると日本の伝統の格天井にモダンな照明が設置されている。完成した当時は、豪華なシャンデリアがあったが、戦争の影響で、金属類回収令でなくなってしまった。現在の照明は増築を担当した村野藤吾のデザインになっている。4度の増築を担当した村野藤吾は、ザ・プリンス 箱根芦ノ湖や日生劇場など訪れる人々に優しく使いやすさを追究した建築を作った。当初の設計主だった高橋貞太郎の想いを継いで元からそこにあったかのような照明デザインを生み出した。格天井に馴染む雷紋やハスのモチーフもその一つ。その2人が積み重ねた歴史は外にも。高島屋の外観では、高橋の作った1階と2階の外壁は重厚な花崗岩を使用しており、3階から7階は磁気タイル張りに。8階はテラコッタという素材を使用し、異なる素材の三層構成に。和の垂木の下には西洋風の三連アーチ。和と洋を絶妙にミックスしたデザインにしている。
日本橋の建物に詳しい五十嵐太郎さんは高橋が最初に作り上げた建築美について装飾の宝箱で既存のものではなく組み合わせでオリジナルになっているという。日本的な格天井と西洋の格式を重ね合わせて表現していると答えた。しかし建物の側面に回ると景色は一変。村野が手掛けた増築部分がある。上層階はオリジナルのデザインを受け継いでそこから下はアースブロックとアルミ冊子。当時画期的だった素材を用いた。日本の高度経済成長の幕開けを物語る明るくモダンで親しみのある外壁。建物のディティールを確かめるだけで激動の昭和へ。瞬時にタイムトラベルができてしまう。
山口さんは、京藝術大学で油絵を専攻した。しかし在学中に日本の大和絵に夢中になった。大和絵は平安時代から受け継がれる日本独自の絵画様式のこと。雲や霞を使って異なる時間を一枚の絵にする表現がよくみられる。山口さんはそれを自分流にアレンジして独自の作風に。去年には日本橋を描いた漫画を発表。そのタイトルは趣都。画家の先生にいざなわれて好奇心旺盛な書生が夢と現実ともつかない不思議な街に繰り出す。空想の世界の宮殿のような百貨店が出現。雲の間を縫うように伸びる空中回廊で幾重にも重なる楼閣がある。百貨店が一つの幻想的な都市に。
次に向かったのは日本橋。江戸開闢の1603年に誕生したが、現在の橋は明治44年に完成した。西洋風の石像アーに日本的な装飾を施した和洋折衷。国の重要文化財にも指定されている。その上を走るのが首都高速。昭和38年に開通し、用地確保の困難を解消するために高架式に。20-40年を目処に日本橋にかかる部分は地下トンネルになる予定。
今の日本橋は江戸の水門の上に明治と昭和、3つの時代が重なった奇跡の景観。そんな日本橋を山口さんは書籍で首都高をなくしてしまうのではなく、新たな橋で歴史のミルフィーユに。2人が向かったのは日本橋のクルーズ船。
日本橋のクルーズ船に乗った画家の山口晃と尾上右近。江戸の海運と昭和の物流が時空を超えて重なり合う。古いものがまるでなかったかのように、新しい風景に置き換わる。そこに、一抹の寂しさを覚えた山口さんは想像の力で現実に抗おうとしている。
日本橋高島屋の屋上に生き物の用に見える不思議な建物がある。昔に像がいて、そのフォルムをかたどっているという。昭和25年からタイから来日し、屋上で4年間暮らしていた。戦後の重い空気を吹き飛ばそうとショーが開かれていた。建物の増築を担当した村野藤吾は、人々を楽しませた記憶を留めようとデザインした。
新美の巨人たちの次回予告。
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