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「王さん」 のテレビ露出情報

2002年メジャー挑戦を発表した時、松井秀喜の表情に笑顔はなかった。松井氏は当時を振り返り「王さん、長嶋さんが務めてこられたジャイアンツの4番バッターをいま、自分が同じポジションを務めている。行っていいものかという葛藤はずっとあった。ジャイアンツやジャイアンツファン、チームメートに申し訳ないと思ったし、その気持ちは今でも変わってない。特に私の場合長嶋さんに本当に愛情を注いでもらって、ずっと2人で練習してきた中でのジャイアンツの4番という立場だった。だから「もう気持ちは変わらないのか」と何度か確認された。でも、変わりません、行かせてください」と言って「分かった」と言ってもらえた」と明かした。
ドラフト会議で松井を引き当てた長嶋茂雄監督は「球界を代表する4番に育てたい」と直接指導を行った。スタジアムはもちろんのこと遠征先のホテル時には、監督の自宅でほぼ毎日素振りを行っていた。こうして、巨人の主砲そして球界を代表する強打者へと成長していった。2人の関係はメジャーに行ってからもつづき電話で「ちゃんと素振りしてるのか」と聞かれたという。松井氏は「メジャーってみんな素振りなんかしない。みんなボールを打つ。ちょっと昔ほどは振ってない」と答えたところ「ちゃんと素振りしろ」と指導されたと語った。また「監督が教えてくれたのはスイングの空気を切る音、これがいい音なんだ。これは駄目な音なんだ。それを毎日言われてた。全然最初わからない。何が違うんだよって思ったが、そのうち今のいい、今のは駄目だと言っていると自分でわかってくる。いいスイングの音と悪いスイングの音が、長嶋茂雄がいる緊張感はないけど音は自分で求めることができる。それは非常に感謝している」と語った。
ヤンキースでも4番を任されるなどチームの主力として活躍していた松井秀喜。メジャー挑戦から3年目までは毎年100打点以上をあげ、2年目には日本人初となる30本を超えるホームランを打った。しかし4年目以降はケガに悩まされることになる。松井はこの状況乗り越えるために「環境を受け入れる力」が重要だったと振り返った。
2009年のワールドシリーズでは日本人初となるMVPを獲得したが、翌年以降の松井はエンゼルス、アスレチックス、レイズと渡り歩き、日米通算507本塁打大記録を打ち立て20年にわたる現役生活を終えた。しかし、引退には葛藤もあったという。その時の思いについて聞くと「自分が自由契約になってそれまでの間トレーニングしたかっていったらしてない。ほとんど。だから、それは自分の中で気持ちを引退に持っていくための期間だったっていうか。そういう意味では引退ありきだったのかもしれない。でも、まだ、もしかしてできるかもしれない。どこかから声がかかるかもしれない。日本に行く、またやるという気持ちは自分の中にはほとんどなかったんで。そういう気持ちになったらトレーニングしてるはず。でもそのくらいやっぱりやっていたかった、野球が好きだったんで。そんなせめぎ合いがあった」と明かした。
松井秀喜にニューヨークで思い出の場所を案内してもらった。松井は「最後の年にレイズと契約する前にまだどことも契約決まってない時にヤンキースの施設を使うわけにはいかないので探してたらこういうところがあるよと紹介された」としてマンハッタンのビルの地下室を紹介されたと言う。普段は子どもたちに貸しているようなバッティングケージがいくつかあるところがあるですけどその施設があってここを貸してもらってた。地下にあるこちらの施設は地元の子どもたちが通う市民向けの練習センター。どの球団からもオファーがなかった時1人で練習を続けていた。松井は「バッティング練習をやるにはここで十分だった」と話していた。松井は当時を振り返り「契約の話が来るまでただ待つだけだったが、今思うと非常に楽観的でまだできそうな気がするなと思っていたら本当にそういう契約の話が来た」と振り返った。そして頑張っていても結果が出なくてって悩んでる方にアドバイスを求められ「一番いい状態というのは自分が頑張っていると思っていなくてもほかの人から見たらあいつ、すごい頑張っているなというのが一番いい状態なんじゃないかなと思って。だから、好きだからうまくなりたいしうまくなりたいからなんとか自分なりに工夫してやろうとするしそれが苦しくないっていう。例えば、いきなり監督に呼び出されて今日もこれから素振りとかねそういうのは1回もなかった。野球のために時間を割くことが苦じゃなかったので、だから自分はそれが逆に幸せだったなと思っている」と話した。何があっても一喜一憂しないことが大事だと話していた。
松井秀喜には忘れられない出来事がある。エンゼルスに移籍した直後のヤンキースタジアム。試合前にはワールドシリーズで優勝した際のリングの贈呈式が行われた。その時観客からスタンディングオベーションで迎えられた。盟友ジーターらと熱い抱擁を交わした。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年6月8日放送 10:10 - 10:40 テレビ朝日
じゅん散歩元巨人選手 長野久義さんと一歩一会
高田純次と長野久義はジャイアンツタウンスタジアムを訪れた。試合やイベントがない日は午前6時から午後7時まで無料開放。選手が練習で使用するサブグラウンドでスポーツ体験イベントを随時開催。野球開催日以外にもファンを楽しませる工夫がされている。

2026年6月4日放送 21:40 - 22:57 TBS
櫻井・有吉THE夜会芸能人の自宅調査!
お掃除Japanの吉澤閑也と助っ人のエースがやってきたのはアレックス・ラミレスのお宅。この家は以前、先輩のSixTONESが片付けたばかりだが、すでにリバウンドしていた。4人の子供のうち、2人が小学校、幼稚園に入学するため妻の美保さんは多忙な生活を送っていた。今回はお掃除Japanが緊急お片付け!ママをお助け!作り置き料理をのぞき見。さっそく片付けをスタート[…続きを読む]

2026年6月4日放送 10:40 - 13:00 テレビ朝日
大下容子ワイド!スクランブルフラッシュNEWS
プロ野球日本生命セ・パ交流戦。巨人は長嶋茂雄さん一周忌のきのう、オリックスとの試合に臨んだ。勝利を収めたい巨人だったが6回、2番手・森田駿哉がオリックス打線に捕まり3点のリードを許す。それでも8回、佐々木俊輔がチーム3本目のヒットで出塁すると、途中出場の泉口友汰、松本剛が続き、ミスターから受け継いだ諦めない姿勢を見せて満塁と攻める。ここで代打・丸佳浩がフルカ[…続きを読む]

2026年5月30日放送 22:10 - 22:54 テレビ朝日
THE世代感年表全部埋めまSHOW!
国民栄誉賞受賞者の年表を全員で埋めよ!という問題に全員で挑戦。全問正解すると全員に金一封。2回間違えるとゲームオーバー。1977年は王貞治で正解。1978年は古賀政男で正解。1984年は植村直己で正解。1989年は美空ひばりで正解。同じく1989年は千代の富士貢で正解。1992年は長谷川町子で正解。

2026年5月22日放送 11:55 - 13:55 日本テレビ
ヒルナンデス!国民意識調査ビンゴ
名前に「大」がつく有名人を予想。南原清隆は7位を大森元貴と予想し、正解。中岡は4位の芸人を大悟と予想するも千鳥の大悟は8位。久本は、俳優を大泉洋と予想し、3位をあてた。陣内は、大野智と予想し、2位をあてた。王林は、1位しかわからないといい、大谷選手と予想し1位をあてた。関太は4位を大吉と予想。

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