高嶋ちさ子をめぐって、「青森で年間約60頭しか獲れない田子牛を食していた」という目撃情報がある。津島淳氏は先祖が暮らしていた青森・金木町の屋敷へ案内。明治時代、津島家は大地主として財を成し、多くの政治家も輩出した。大正時代には珍しかった電話も置かれている。コメを担保に金を貸していたといい、家の中に銀行を設置していた。2階の洋間は政治の密談に使われたという。津島氏の祖父の母は病弱で、子守のタケさんが養育を担った。祖父は11人きょうだいの6男で、恵まれた境遇にあって疎外感を覚えていたという。のちに実体験をもとにした作品を発表している。
