2人はコロナ禍のシニア合宿から一緒になる機会が多くなり意気投合。当時坂本は自分のスケートを見失っていたという。北京五輪代表最終選考会の全日本選手権で樋口はトリプルアクセルを成功、坂本は大技を入れない演技構成で揃って表彰台へと上がり、2人とも五輪代表の切符を掴んだ。北京五輪では団体フリーで坂本が貫禄の滑りを見せ初のメダルを獲得した。個人戦で樋口は五輪史上5人目のトリプルアクセルを成功し4位に入賞、坂本は銅メダルを獲得した。重圧から解放された樋口は目的を見失い、更に五輪中に痛めた右足の疲労骨折が発覚し表舞台から姿を消した。
