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「立川談志」 のテレビ露出情報

神田伯山&三宅香帆が紹介された。講談師の神田伯山は2007年に3代目神田松鯉に入門し、松之丞としてキャリアをスタートした。2007年にスタートしたTBSラジオの問わず語りの松之丞では芸能界や映画の鋭い分析や批評で話題に。若年層の支持を広げてチケットは即完売。地上波バラエティにも進出した。文芸評論家の三宅香帆は2024年になぜ働いていると本が読めなくなるのかという本で書店員が選ぶノンフィクション大賞を受賞しオリコン年間本ランキング新書部門1位に。その後も出す本はベストセラーに。神田はオードリーについて無名時代からライブに通っていたと語り、その時の印象にこんな面白い人たちがまだ下積みなのかと芸能界の層の厚さに驚いたが、M-1で飛躍した姿にそりゃそうだと納得したという。また神田は人と話さない性格だったが何故か自信だけはあったという。また自身の祖母が悪口をかなり言う人だったと答え、何から何まで毒を吐く姿に隔世遺伝だと感じたと語った。そのためか講談師になると親戚に話すと皆に反対されたと答え、親にまずあなたは面白くないと一刀両断されたと答えた。また芸人にならなかった理由については学校で馴染めかった自分が相方を掛け合うのが嫌と感じ、1人でできるものとして講談師を選んだという。
講談師になった理由に神田は使命感に帯びていたという。立川談志が薦める講談師の会に向かうと100人キャパで30人のお客でお年寄りばかりだったという。そして講釈師もおじいちゃんで面白くなく、客に関してはラジカセで堂々と違法録音していたと答えた。この光景に講談が滅びてしまうと危機を感じ、この世界で講談を好きになるまでやっていこうと決意したと答えた。さらに神田はその後講談が急に面白くなった日が来たと答え、これを伝えていかなければと感じたという。若林は落語家にも情景をうまく浮かびあがらせることの出来る人とそうでない人がいて、キャリアの違いで面白さが変わってくると経験を語り、落語家はスゴイと感じたという。神田はそう感じるのは若林が想像豊かだからだと答えた。また立川談志の独演会について、あまりの感動に体が反応するほど衝撃をうけたという神田。しかしそれが少数規模で業界内でしか伝わっていないことに惜しいと感じ、このすごさを伝えていきたいと感じたと答えた。
講談師の世界に入った神田は思ったより難しかったと答え、鼻を折られたというが、人間性も芸も自身が想像しているより皆上だったと答えた。一方、ベストセラーを連発する三宅香帆。文芸評論家は小説家ではないのでわかりづらいという。またベストセラーになるまでに過去10冊は出しているのにも関わらず、世間的には急に売れたという見方をされていると答えた。元々京都大学大学院に在学中のブログ記事が反響を呼び、人生を狂わす名著50でデビュー。その後働きながら書評・執筆業も兼業していた。元々本が好きだったという三宅。好きすぎて幼少期には同じ幼稚園児に本の読み聞かせをしていたという。またなぜ働いていると本が読めなくなるのかは、読書が遠のく理由を心理、社会構造、生活習慣の面から丁寧に解き明かす一冊。累計31万部のベストセラーに。その本についてネット連載時から反響はあったと答え、これで売れなけれが死ぬというほどしかけていた作品だったという。そこで売れている本を研究しどうしたら売れるのかを分析。新書はデザインが一緒なのでタイトルを凝らないと手に取ってくれないと語った。また三宅は批評の面白さを語り、自身の好きな本を批評をしている先生の文を読んだ時に、こんな読み方をしているのかと感動したという。しかしその感動はごく少数しか知らず、なぜ今まで知らなかったのかと衝撃をうけたと答えた。
神田は講談についてコツを掴めたのか?という問いにまだ掴めていないと答え、うまく行かないこともあり、警察のイベントでダダスベりしてしまったという。無料イベントだったが無料ほどキツいものはなく、あらゆるジャンルのお客が集まっていて統率がとれないと苦戦したと答え、写真撮影では完全に目が死んでいたと答えた。しかしそうして裸にされるようなキケンな現場にあえて行き、傷ついて帰ってくることを大事にしているという。また、ブレイクの転機となった自身のラジオでは、無名の講談師が芸能人の悪口を言っているラジオだったという。当初は無名なので誰も相手にはしていなかったが、年月が経過するとだんだんとこちらを振り返る人が増えてきたという。またそもそもラジオ番組に抜擢された理由には、スポンサーと制作会社の間で手違いが発生し、3ヶ月間スポンサーがつかず、誰かにラジオをやらせようと自身に白羽の矢が立ったという。しかしラジオの評判が良いわけでもなく、SNSでもボロクソにかかれていたという。しかし業界内での支持があり今に至ると答えた。
その後地上波で番組を持つことになった神田。そのラジオを聴いた番組制作陣が使ってみようと異例の抜擢だったという。またその前にはテレビ東京でも同じ共演者で番組をしていたが、局の垣根を超えてそのまま同じ共演者で番組がスタートしたのが経緯だったと語った。その時に神田はその時に佐久間Pと出会ったと答えた。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年1月25日放送 1:30 - 2:00 フジテレビ
うまレボ!うまレボ!
立川は競馬を好きになったきっかけに立川談志に連れて行ってもらったという。オグリキャップとタマモクロスの試合にハマったろいう。しかし人気の馬は買わずに小島太という騎手が好きだったと答えた。ゴルゴ松本は競馬が好きになったきかっけにオグリブームの時に東京に出てきたが有馬記念でなけなしの3万円で馬券を買ったという。その結果一番でも負けてしまうことがあるのかと感じたと[…続きを読む]

2026年1月15日放送 9:50 - 11:30 フジテレビ
ノンストップ!NONSTOP!タブロイド
藤山直美と寺島しのぶは1997年に舞台で初共演を果たした。舞台で笑った時、寺島しのぶは藤山直美から「お客さんが笑うものをやる人間が笑ってはいけない。」と怒られたのだという。また、六本木から家まで走った事もあるのだという。2人はプライベートでも交流があるのだという。2人は同じ誕生日なので毎年、お祝いメールを送りあっているのだという。寺島しのぶは尾上眞秀からマッ[…続きを読む]

2026年1月5日放送 18:10 - 19:00 NHK総合
首都圏ネットワーク新春インタビュー
立川志の輔に新春インタビュー。去年、PARCO劇場での公演が400回を超えた。18で富山から上京して初めて生の演劇を見たのがここだという。落語が終わったあとに、いわゆるオチの後ろに“大オチ”をつけて、それが実際舞台に現れる演出が定番に。2026年は「笑門来福」な年にしたいと話した。

2026年1月5日放送 7:45 - 8:00 NHK総合
NHKニュース おはよう日本新春インタビュー
落語家の立川志の輔さんへのインタビュー。渋谷・PARCO劇場での1か月公演のチケットは即日完売。出演回数は通算400回を超えた。立川志の輔さんは師匠・立川談志から「立川流の最高傑作」といわしめた。三平アナは400回を超えた気持ち、2026年の抱負などについて聞いた。

2026年1月4日放送 12:00 - 13:30 フジテレビ
なりゆき街道旅人気温泉地1位!熱海の旅
人気温泉地1位!熱海の旅をハナコ岡部、立川志らく、平野ノラが紹介する。番組特製サコッシュをつけ最初のスポット、全員がリクエストした450年の歴史を持つ本葛を使った葛きりが人気の和喫茶中村屋に向かう。JR熱海駅から徒歩2分、熱海駅前商店街にある中村屋は名物くずきりを始め素材にこだわったおしるこやぜんざいなどあんこの商品も人気で甘酒は酒粕・砂糖を不使用となってい[…続きを読む]

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