明治初頭、新政府は神仏分離令を発し、廃仏毀釈が激化。金峯山寺は一時、廃寺に追い込まれた。桜の木の管理が難しくなり、枯れてしまったという。すると、吉野で暮らしていた20人が組織を立ち上げ、管理を行うことにした。新たな植樹のため、資金集めに奔走。伐採を防ぐため、パトロールを強化した。昭和に入ると、伊勢湾台風が吉野を襲った。その後も自然災害が相次ぎ、桜に害虫や病気も蔓延した。桜に関する専門的な知識を持つスペシャリスト”桜守”の養成に着手する。現在、吉野の桜は外来種の昆虫によって被害を受けていて、3人の桜守たちが対策にあたっている。後世へ桜の歴史を繋げていきたいという。
住所: 奈良県吉野郡吉野町吉野山2142
