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「続日本紀」 のテレビ露出情報

長岡京発見の父と呼ばれる中山修一はどのように長岡京を発見したのか。目をつけたのが地名。長岡京から都が移ったあと、荒れた内裏を思わせる地名や馬を飼育する施設を思わせる地名などを手掛かりに調査。そして昭和30年に宮殿の門跡を発見され、長岡京の発掘調査がスタート。現在まで2500回を超える発掘調査を実施。長岡京が平城京に匹敵する本格的な都であることが判明した。
長岡京は平城京が直面した水の問題を解決するため、計画的に造られた都だった。長岡京には小畑川など都を斜めに横切るようにいくつかの川が流れていた。平城京を流れる川より水量が多く、排せつ物をスムーズに流すことができたと考えられる。南東に流れる大きな桂川が大阪湾へ繋がり、物資の運搬も円滑に行えるようになった。しかし、恵みもたらす川は氾濫を起こす暴れ川でもあった。桓武天皇の時代にも大きな水害の記録が残っている。水の豊かな川と水運の良さを求めて行った長岡京遷都だったが、都を手放さざるを得なくなった。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年9月9日放送 22:00 - 22:45 NHK総合
歴史探偵(歴史探偵)
奈良・八木札の辻は持統天皇時代の一番の交通の要衝で、都と地方を結ぶ幹線道路の交差点だった。当時の道幅は23m。群馬県太田市で持統天皇時代の直線道路が見つかった。古代国家の力が地方にまで及んでいたことが判明した。また、鳥取県鳥取市でも山を切り崩して尾幅9mの直線道路が造られていたことが分かった。藤原京から全国へ道路の整備が飛躍的に進んだ。天皇が日本全国を把握し[…続きを読む]

2026年4月29日放送 10:05 - 11:25 NHK総合
タモリ・山中伸弥の!?世界も注目!ニッポンの“祈り” なぜ“神さま 仏さま”なのか?
仏教の伝来は6世紀の半ば。734年は天平の大地震、735年には疫病が大流行。752年に大仏が開眼した。
仏教伝来からおよそ200年が過ぎた奈良時代、天平6年の大地震では書物には死者が多数としか残っていない。縦横無尽に走る活断層がこの地域には多数あることが様々な研究調査から分かっている。生駒断層帯は近年の調査で古墳時代から平安初期までの間に一度だけ大きく動い[…続きを読む]

2026年3月7日放送 19:30 - 20:50 NHK総合
知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?世界も注目!ニッポンの“祈り” なぜ“神さま 仏さま”なのか?
仏教の伝来は6世紀の半ば。734年は天平の大地震、735年には疫病が大流行。752年に大仏が開眼した。
仏教伝来からおよそ200年が過ぎた奈良時代、天平6年の大地震では書物には死者が多数としか残っていない。縦横無尽に走る活断層がこの地域には多数あることが様々な研究調査から分かっている。生駒断層帯は近年の調査で古墳時代から平安初期までの間に一度だけ大きく動い[…続きを読む]

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