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「美濃部亮吉」 のテレビ露出情報

1960年代、多くの日本人にとってジャイアントパンダは未知の動物だった。山奥に生息するため世界に知られたのも約150年前。1869年に中国を訪れたフランス人宣教師がパンダを知った。毛皮と骨を送ると剥製が作られ、不思議な姿が話題になった。1937年にアメリカで生きたパンダが公開されると大人気に。黒柳徹子は、アメリカにいた報道カメラマンの伯父にパンダの人形を買ってもらったと話した。日本では日中戦争のときに中国によるパンダ外交が報じられたが、掲載された写真はレッサーパンダ。姿については中国の記事の又聞きだった。その後パンダが記事に掲載されるのは高度経済成長真っ只中の1966年。まだらグマを呼ばれ、中国と交渉して上野に入れたいと書かれていた。当時中国以外で飼育されていたのはモスクワとロンドンだけ。海外渡航者が人口の1%もいない時代で、 日本人がパンダを知る機会は少なかった。黒柳は1968年にロンドンにパンダを見に行った。1971年に昭和天皇がロンドン動物園で見たパンダがニュースで流れ、日本中がパンダに憧れた。美濃部亮吉、土井たか子が相次いで中国を訪問し、パンダを譲ってほしいと交渉した。1972年2月にはニクソン大統領が中国を訪問し、友好の証として中国はアメリカにパンダを贈った。ただ日本は中国に対して非友好的な政府だとみなされていたため、日本の要請は断られた。しかし田中角栄が総理大臣になると中国と国交を結んだことでパンダが2頭来日することが決まった。そして1972年10月28日にカンカンとランランが来日した。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年3月10日放送 19:00 - 21:00 テレビ朝日
火曜の良純孝太郎銀座大冒険SP
土日祝日に銀座中央通りで実施される歩行者天国。その始まりは1970年。高度経済成長の頃自動車が急増したことで事故が多発。さらには排気ガスも社会問題となり当時の美濃部都知事が提唱。銀座のほか、新宿、池袋、浅草で同じ日にスタートし、銀座では23万人の歩行者が詰めかけた。銀座中央通りでもう一つ忘れてはならないのが、夜のパレード。新たな銀座をアピールしたいと百貨店や[…続きを読む]

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