昭和54年、日本はホテルブームに沸いていた。この年、東京・赤坂のホテルニュージャパンが買収された。地上10階、500室。開業から19年、客足が落ちていた。買収したのは66歳の横井英樹だった。横井は建物を改装し豪華にした。古びたホテルは豪華ホテルに変わった。そのころ東京消防庁で高野甲子雄が特別救助隊の試験に挑んでいた。試験には屈強な大男たちが挑戦していた。その中で高野は身長165cm。体格のハンデが大きく、これが4度目の挑戦だった。見事合格し憧れのオレンジの制服をきた。2年半後、高野は東京・永田町の特別救助隊で1つのチームの隊長を任されていた。屈強な5人の男たちが部下だった。昭和56年12月、高野はホテルニュージャパンの視察に出かけた。建物の構造は迷路のようで壁を叩くと空洞のような音がした。天井にはスプリンクラーがなかった。法律違反だったのでホテルニュージャパンに警告を出した。横井英樹は改善を約束し、まもなくスプリンクラーを取り付けた。しかし水がでない飾り物だった。経費を浮かすため加湿器も止めていたのでホテル内は異常に乾燥していた。昭和57年2月7日、ニュージャパンの9階の938号室にイギリス人ビジネスマンが宿泊していた。イギリス人ビジネスマンはタバコを吸っていた。麹町消防署 永田町出張所では高野たち特別救助隊6人が泊まり勤務だった。就寝前、家族の話で盛り上がっていた。隊員の浅見昇は1歳の娘の写真を持ち歩いていた。昭和57年2月8日、午前3時39分、火災の連絡が入った。