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「酒の勝鬨」 のテレビ露出情報

獺祭のビル内の蔵には毎朝搾ったばかりの酒が並ぶ。そこへ会長の桜井博志が。獺祭で大成功をしたが、獺祭の現状については満足はしていないという。1984年旭酒造の社長に就任した桜井。当時は地元向けの大衆酒を作る小さな酒蔵だった。売り上げは10年前の3分の1までに激減。どん底からのスタートだったという。桜井は安い紙のカップ酒を作ってみたが、地元山口の名産品にふぐに合う酒を作ってみたりあの手この手でなんとか持ち直そうとしたが、1年ほどになったらダメになってしまったという。その時に品質で突破していくしかないと思い知らされた、そこで挑んだのは純米大吟醸。米、米麹、水で造られる精米歩合50%以下の日本酒の最高峰とも言える酒。酒造りは難航し、結局6年の歳月も経て完成し、桜井は獺祭と名付け1990年に発売を開始。これで業績が上向いた旭酒造だったが、落とし穴には1999年にブームにのって地ビールの事業に失敗し、倒産寸前に。この惨状に杜氏が蔵を去ってしまった。杜氏は現場責任者で、外部から雇う酒造りの職人。この杜氏がいないという状態が独自の酒造りの転機になっていった。桜井は糖やアルコールの濃度などすべてのタンクで途中経過を数値化。そのデータを元に社員だけで酒造りを始めた。当時、純米大吟醸は少量生産が当たり前。しかしデータ重視のやり方なら大量に作れると、桜井は獺祭の量産に踏み切った。これが、日本酒業界に大きな影響を与えることに。都内の老舗酒店は全国の酒蔵とつながり、貴重な名手を販売している。長年日本酒を扱っていた堀口さんは純米大吟醸は高値でハレの日需要でしか飲むことがなかったが、手頃な価格で純米大吟醸を届けだし、身近な存在にしたのが獺祭だったという。成功を果たした桜井は2016年に会長に就任。そのあとを引き継いだのは社長で息子の一宏。
住所: 東京都中央区築地7-10-11

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