福島県大熊町野馬形地区の中間貯蔵施設敷地内にある「想帰郷」と書かれた石碑がある。福島第一原発がある大熊町で育った赤井俊治さんは原発事故事故後に自宅が中間貯蔵施設となり今はいわき市で暮らしている。福島県が中間貯蔵施設受け入れを表明下は12年前、多くの地権者が国に売却する中赤井さんは所有権を残したまま国が施設運営を可能にする「地上権」を選択した。赤井さんは月1回程度大熊町の自宅があった場所に戻っていて、4年前に国との約束の期限日を記した石碑を建てた。中間貯蔵施設の中にはかつて2000人以上が生活、ここには東京ドーム11杯分の除染土が保管される。県外最終処分の期限まで19年、約束を実現するための具体的な次の一手が国に求められている。
