4日に肺炎のため亡くなった橋幸夫さんの通夜がきのう営まれ、親交があった錦野旦さん、金沢明子さんら約700人が弔問に訪れた。祭壇は絵と書を学ぶために78歳で大学に入学した橋さんが好んで描いていたという富士山がイメージされ、約3万本の花が飾り付けられた。橋さんと西郷輝彦さんと共に御三家と呼ばれ、昭和歌謡界を牽引した舟木一夫さんは「やっぱり偉大な先輩でしょう。自分の履歴書の中の一行が抜けちゃったみたいな印象を受けた。僕は穏やかな顔も見たくないし、『ご苦労様でした』も言いたくないし、何も言わなかった」と話した。
