福島県・浪江町で被災した鍋島悠希さんは当時津波と原発事故による大きな被害を受けた請戸地区に住んでいた。父の彰教さんは神職で、看護師の母の弥生さんと弟の悠輔さんの4人家族だった。悠希さんと悠輔さんはあの日小学校で被災し、教師に引率されて高台に避難していたため児童全員が無事だった。ただ翌日も両親が2人を向かいに来ることがなく、その後の原発事故によって両親を捜すことができないまま県外への避難を強いられた。1ヶ月後に弥生さんの遺体が発見され、彰教さんは現在も行方不明となっている。悠希さんと悠輔さんが通っていた小学校には母の弥生さんの車が乗り付けていたのが発見されていて、子供達が無事に避難したかどうかを小学校に確認しに来たところを津波に飲み込まれたとみられている。震災後悠希さんと悠輔さんは神奈川県の祖父母の元で育ち、弥生さんは周囲の友達の励ましもあって徐々に前向きに生きるようになっていった。震災から10年ほど経過したある日、実家の跡地から発見された父のPCのデータを復旧させることができた。中には悠希さんの卒業に寄せた父の言葉が書かれていて、悠希さんの素敵な未来を願うメッセージを受け取った。悠希さんは現在管理栄養士として働いていて、最近彼氏ができたという。
