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「閃光の影で:原爆被爆者救護赤十字看護婦の手記」 のテレビ露出情報

長崎に原爆が落とされてから明日で80年。原爆をテーマにした公開中の映画「長崎-閃光の影で-」に出演した菊池日菜子さんら若手俳優たちが長崎をめぐり戦争の記憶を追った。3人は原爆の爪痕が色濃く残る山王神社へ。「一本柱鳥居」は近くで原爆に遭い、片方が倒れてしまった鳥居だという。1945年8月9日、長崎に落とされた原子力爆弾は、爆心地から2km圏内の木造家屋を全壊し、7万人以上がその犠牲となった。境内にあるクスノキは原爆が落とされてすぐは緑1つない状態だったという。山王神社の船本貴之さんによると、原爆が落ちたら70年ぐらいは草木は生えないと言われているそうだが、このクスノキは被爆してからわずか2か月で芽吹いたと言われている。その奇跡が当時の人々に勇気を与え、平和や再生のシンボルとなった。映画で3人が演じた看護学生たち。必死の救護も虚しく消えていく命の多さに絶望する様子が描かれている。映画の元となったのは1冊の手記だった。実際に救護にあたった日本赤十字社の看護師など約50人が悲惨な様子を記したもの。主演の菊池さんはこの手記に体験を寄せた1人の生存者である山下フジヱさんの元を訪ねた。当時15歳の看護学生だった山下さんは、原爆投下の3日後に召集され、約3ヶ月間被爆者の救護にあたったという。山下さんは「どれだけの被爆者がいるかわからない。すでに浦上から長崎駅までたくさんの死骸と浦上川の中に浮いている死骸が目に焼き付いて、救護所まで派遣されたときは急いで行きたい気持ちでいっぱいでした」などと話した。戦後は日赤長崎原爆病院や訪問看護などで人生の殆どを被爆者の看護に費やした山下さん。「あの原爆は世界中でつくられて使用されてはいけないと強く感じています」と話した。菊池さんは「戦争の惨劇を教わり続けることにも気力がいる。つらいものだと思うが、平和への願いというのをずっと保ち続けるために戦争を知るべきなのではないかなと思っています。今の私達にできるのは知ること、学ぶことだと思っています」などと話した。

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