そしてこの先には大河内伝次郎が庭園を作ろうと思いたる所以の場所があった。白砂に松の緑がはえる枯山水の庭があり、その近くに小さなお堂。中には御仏が祀られた小さな空間があり、伝次郎は静かに祈りを捧げていたという。1923年には関東大震災で被災し、悲惨な状況を目の当たりに。鎮魂のために小倉山に土地を購入し念願だったお堂を建てた。開拓しながら庭園を広げていった。嵐山の借景は庭造りにはかかせない。
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