昨年11月のスイス・サンモリッツでは2度目のオリンピックを目指す須貝龍は合宿の真っ只中であった。シーズン開幕前のこの日は2時間みっちりと滑り込んだ。共に合宿を張るのは女子選手を含めた日本代表候補の7人で須貝が声をかけ集まったメンバーである。合宿では寝食を共にしていた。日本ではまだ競技人口の少ないスキークロスで須貝は後輩たちの道標となってきた。世界から注目されたのは2021年でのワールドカップの銀メダルである。オリンピック種目となって以降、日本人初の快挙となっていた。強さを支えているのが太ももで最高時速100km/hといわれるスキークロスでは強靭な下半身がすのスピードを支えていた。日本のエースとして世界と渡り合う須貝には忘れられないレースがあった。4年前に初出場を果たした北京五輪で予選を3位で通過した須貝は決勝トーナメントに進出し、2位以内なら日本人初の準々決勝進出となっていた。3位につけた須貝は中盤でスピードに乗り、徐々に2位との距離を詰めていく。ほぼ同時にフィニッシュし写真判定となり、結果は指の関節の差で3位となり決勝トーナメントは1回戦敗退となってしまった。「リスクを恐れてはメダルは掴めない」となり、この4年間で須貝は“攻め”のスタイルを追い求めてきた。オフシーズンに取り組んだのはボルダリングで手と足を使って登る競技だが須貝は腕力だけで登り切る。その狙いは「身長が大きい外国人選手たちよりパワーをつけないと一緒に滑っていると上から押しつぶされる」からだという。身長177cmと決して小さくはない須貝だが海外選手の平均身長は北京五輪のデータで訳184cmであった。その体格差を埋め、競り負けない肉体を目指して鍛えてきた。実践練習はスキークロスの専用コースが多い海外となり、練習でも相手を抜くチャンスがあればリスクを恐れず果敢に割って入り積極的に仕掛ける滑りを磨いていた。5歳と3歳の幼い息子と離れてオリンピックにかけ、昨年3月はオリンピックの前哨戦である世界選手権で日本人初の銅メダルを獲得。一躍、ミラノ・コルティナ五輪のメダル候補に名乗りをあげた。だが昨年12月、須貝に悲劇が襲った。五輪2カ月前のワールドカップでのことだった。
