テレビを娯楽の中心に据えた司会者、高橋圭三、宮田輝。著名人相手に軽妙な語り口で人気を博した高橋圭三。一方、市井の人を饒舌にさせた宮田輝。2人は司会者という立場でテレビを娯楽にした立役者。出会ったのは戦時中の昭和17年秋。2人を見込んだのはスターアナウンサー・和田信賢。高橋に生まれたヒット番組が、「私の秘密」。天性の歯切れの良さで番組を仕切った。宮田には「ふるさとの歌まつり」が生まれた。持ち前のユーモアで番組が和んだ。そして2人がともに司会を努めたのが、55年とその翌年の2度の紅白歌合戦。やがて高橋はフリーアナウンサーの道を選んだが、2人の縁が切れることはなかった。