矢田稔さんは俳優や声優として活躍してきた。矢田さんは自身が歌った曲を聴いた。『莞爾と笑みて統べ給う』という歌詞を繰り返し歌わされた。矢田さんは8歳で歌手デビューした。1945年4月、空襲で自宅は消失した。戦後、矢田さんは自らの過去を語らずにいた。しかし、高橋祐子さんとの対談時に矢田さんは「自分の歌も誰かの人生に影響を与えたかも。」と考え、自らを戦犯かもしれないと考える事になった。矢田さんは朗読会を開いて戦争の惨さを伝える事に。
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