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「魯肉飯」 のテレビ露出情報

斎藤キャスターがやってきたのは東京・狛江市。狛江市は全国で2番目に小さな市。新宿駅から小田急線で約30分。利便性が高く自然豊かな街。駅から3分ほど歩いた場所にある銭湯。大逆転の主人公の3代目オーナー・西川隆一さん。隆一さんがオーナーを務めているのが創業70年を超える銭湯の狛江湯。お風呂の種類は高濃度炭酸泉・あつ湯(42℃)・ジェットバス・水風呂。熱い蒸気が自動で広がる仕組みの本格的なサウナも。平日でもオープン前から人が集まる。ピンチを迎えながらも斬新な挑戦で大逆転を果たした。
狛江湯は隆一さんの祖父母が創業。その後、母型の姉妹が引き継ぎ賃貸住宅つきのビル型に改装。町のお風呂として人々の生活を支えてきた。実は隆一さんの実家は、父が始めた葬儀社を営んでいた。しかし、19歳のときに、父が病気で亡くなったのだそう。隆一さんは「高校を卒業していたので家の仕事を手伝うようになって、まだ若かったし辛かった」などコメント。悲しみを抱えながら家業を手伝っていると、隆一さんにある思いが芽生えた。自分で何かを生み出したいと美大へ進学。おばの計らいでこのビルに住み込み、銭湯で働きながら大学へ通う。卒業後は映像制作の仕事を始めたが、おばたちだけでは大変だろうと30歳のときに銭湯へ帰ってきた。かつて銭湯は、家庭にお風呂が少なかった時代に人々の生活を支えるインフラだった。しかし家庭風呂の普及やスーパー銭湯の台頭などもあり銭湯の需要は減少。銭湯は入浴料金の上限を各都道府県が指定されている。当時隆一さんは結婚して子どもが2人いた。しかし生活はギリギリだったという。共働きでも生活はギリギリ。それでも家族は銭湯が大好きで銭湯にはたくさんの思い出が。この日も二男のそうたろうくんが遊びに来ていた。家族のためにも銭湯での成功を誓う!
そして、大逆転ポイント。地道に見つけた!銭湯の新たな役割。人々の生活を支えながら少しずつ改革できないか。そこで隆一さんが目をつけたのは温度を熱くすること。いざ温度を上げると常連さんに好評で、逆に熱くていいと評判が広がるように。さらにSNSを始めて季節ごとのお風呂の楽しみ方を発信。サウナ好きのためにはととのいスペースも確保。そして、大逆転の鍵となるのがコロナ禍。銭湯は公衆衛生の観点から休業要請の対象外。休業協力金も出ないため対策を徹底した上で営業を続けていた。娯楽施設が休業する中、学生・若い世代が銭湯に来るようになったという。町のお風呂というインフラの役割を超え、特別な体験をする場所という銭湯の新たな役割を見つけた。そして、コロナ禍で先代が引退し、隆一さんがオーナーになると大きな改革へ踏み出した。
大逆転ポイント「新たな銭湯を生み出す 全面リニューアル!!」。隆一さんは客足が落ち込むコロナ禍を逆手にとり全面リニューアルを決断。数億円の借金を背負い、建築家やデザイナーとともに銭湯をゼロから造り直した。目指すのは“誰でも楽しめる銭湯”。誰でも気軽に入れるように外から中の様子が見える開放的な入口に。そこにお風呂に入らない人も楽しめるカフェ・バーを併設。さらに、地元・狛江で醸造されたクラフトビールに自家製の料理やおつまみの提供も始めた。中でもおすすめなのが、隆一さんの妻が考案したという魯肉飯。季節ごとにメニューを替えて、何度訪れても楽しめるように工夫している。入浴料金を値上げできない銭湯にとって、こうしたサービスが売上に大きく貢献。そして、リニューアルした風呂場を見せてもらうと、外のモダンな雰囲気に比べて意外に昭和の面影が残る。隆一さんは銭湯の文化を残したいという思いから懐かしい雰囲気をあえて残したのだそう。そこにオシャレなサウナや現代的なデザインが融合し様々な人が楽しめる新しい銭湯に。リニューアル前から通う常連さんからは「昔の良さもあるが今はまたすごくキレイになって入りやすい」「こういうサウナが好きなので」などの声が聞かれた。さらに外側にも秘密が。駐車場だったスペースを活用し、週末にフリーマーケットや市街の飲食店による出店など季節ごとのイベントを開催。近所の人だけでなく遠くからのお客さんも増えた。隆一さんの斬新な改革によって、銭湯の売上は継いだ当時から5倍に大逆転。そしてさらなる挑戦がビル2階の部屋の中に。もともと賃貸用だった部屋を改装し宿泊施設に。今年9月ごろのおーを目指して準備中。隆一さんは「元々銭湯は体を洗う場所でもあったが人と人がつながる場所でもあった。そういうのはいつの時代になっても必要」などコメント。

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