酸ヶ湯温泉を神舞閣としていた棟方志功。仙人と呼ばれた鹿内辰五郎は青森歩兵連隊の事件を始め多くの遭難者を救出した山のプロ。昭和4年に26歳の志功は青森に帰省し酸ヶ湯温泉を訪れた。まだ無名の新人画家だったが、辰五郎は志功を連れて八甲田山にのぼった。その山中で辰五郎は竹笛を吹いたが多くの鷹が飛来し頭上を悠然と舞い始めたという。棟方志功を激励した鹿内辰五郎。その酸ヶ湯温泉で恩返しのように画家の絵を描いている。御鷹々々は屏風に三羽の鷹を描いた。父の鷹は大空を舞い、子どもの鷹は巣立ちの時を迎えているという。母の鷹はりんとした姿で見守っている。この風景は実際にはないという。その八甲田の絶景は地獄沼。酸ヶ湯温泉の裏にある強酸性の沼で90度にもなる。地面から高温の蒸気が吹き上げるが大好きなこの場所で沢山スケッチをしたという。