鈴木氏が監督として就任する前、鹿島学園は全国大会に出場したことがなかった。就任に際し、校長らから「3年で全国大会」と求められると、鈴木氏は「行けます」と答えてしまった。だが、2年でインターハイに出場。翌年には選手権に初出場した。長時間の練習もこなせるほど、選手たちのサッカーにかける情熱は凄まじかったという。遠征先のスペインで鈴木氏は選手たちの3年間だけでなく、その先の人生まで考える指導というものを痛感。佐伯夕利子氏に教えられることは多かったといい、自らの指導方法に疑問符をつけた。鈴木氏は選手たちと対話し、選手の口から出てきた意見を受け入れる余白が産まれた。選手が監督らの顔色をうかがうなど、萎縮したプレーは減っていったという。
