中島さんの恩人は今年亡くなった美輪明宏さん。最初に中島さんを見つけてくれて、デビューが美輪さんが演出舞台の主演だった。NHKに残る映像で、美輪さんは中島さんを抜擢した理由について、演技はたどたどしかったがハートと感性があるから大丈夫と思ったと明かし、役の性根の捉え方がしっかりしている、使い方によってはいいところまでいく人だと思ったと評した。一方、稽古で何日経ってもセリフを覚えて来ず、このままだったら他の方に役を変わってもらうと伝えたら翌日からちゃんとしだしたと暴露していた。デビュー翌年、朝ドラ「花子とアン」に出演した。中島さんのシーンでかかった曲も美輪さんの曲だった。その後は順風満帆というわけでもなく、売れるまで10年以上かかった。当時から兄貴分として見守ってくれた黒田大輔さんにも番組は話を聞いた。黒田さんから見た中島さんは、二枚目な芝居が恥ずかしくて三枚目な芝居ばかりしたくて頑張っていたという。また、今のほうが楽しんで演技しているのを感じ、今はピョンって飛べるような状態でお芝居をしていると語った。
