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「100年インタビュー」 のテレビ露出情報

経営の神様と言われた稲盛和夫さんは自ら開発したバイオセラミックスの技術をもとに京セラを一代で世界に成長させた。また日本航空の再建も果たした。稲盛さんは昭和7年に鹿児島で7人兄弟の次男として誕生した。10代で結核にかかり、中学の受験に2度失敗し、大学も志望校に入れず挫折だらけの青春時代を過ごした。鹿児島大学を卒業後に電柱などに絶縁のために取り付ける碍子というセラミックス作るメーカーに就職した。しかし給料は遅れがちで、仲間は次々に辞めていく有様に。会社に泊まり込んで開発に没頭し、日本で初めて新しいセラミックス素材の合成に成功した。家電メーカーからテレビ用に大量の注文が入った。しかし自分の開発した新しい材料を使ってセラミック死真空管を作りたいとの要望があり、当初は喜んで引き受けたが上手くいかなかったという。昭和34年に稲盛さんはかつての上司と部下8人で京都セラミック株式会社を設立した。会社は順調なスタートだったが、3年目に思わぬ難題が。若手社員からボーナスや定期昇給などを突きつけられたという。そのことで会社は皆が喜んでくれるようにしてあげるのが目的と感じ、全業員の物心両面の幸福に追求し、人類、社会の進歩発展に貢献すると約束。これが経営の原点だった。
会社の規模が大きくなる中稲盛さんはアメーバ経営という画期的なし手法を生み出した。会社の組織をアメーバと言われるちさなグループにわけて独立採算で運営した。その後京セラは電子機器メーカーやカメラメーカーなどと合併し事事業を拡大していった。昭和59年には通信の自由化の流れをうけて異分野だった通信事業にも乗り出し第二電電企画を設立した。50歳を過ぎた頃から若手経営者の勉強会の盛和塾の活動にも積極的に行った。海外にも1万5千人ほどの塾生が参加するように。78歳のときには経営破綻した日本航空の再建に乗り出し、自らの経営哲学がいかされた。2012年に日本航空は破綻から2年で株式に再上場した。90年の生涯だった。

他にもこんな番組で紹介されています…

2024年6月5日放送 16:05 - 17:00 NHK総合
午後LIVE ニュースーン蔵出しセレクション
ドラマ「ふぞろいの林檎たち」などを手掛けた脚本家・山田太一さん(2023年89歳没)の生涯を紹介した「NHK映像ファイル あの人に会いたい」のダイジェスト映像が流れた。

2023年12月31日放送 6:10 - 6:39 NHK総合
耳をすませば(オープニング)
YMOのメンバー、高橋幸宏氏、坂本龍一氏が23年に死去した。高橋氏はボーカリストやファッションデザイナーとしても活躍し、坂本氏は日本人として初めてアカデミー賞作曲賞に輝いた。番組では2人の足跡をたどる。

2023年12月30日放送 11:00 - 11:49 NHK総合
あの日 あのとき あの番組(あの日 あのとき あの番組)
大学生を主人公とした青春群像ドラマ、「ふぞろいの林檎たち」は1983年放送。学歴偏重社会の中で生まれた劣等感に立ち向かう青春ドラマはサザンオールスターズの音楽と共にいつまでも視聴者の胸に焼き付くものとなった。山田太一は一流と言われている人は優れているんでしょうが気持ちや感情はむしろ少しランクが下だと言われている人らの方が豊かに育っているのではないかという印象[…続きを読む]

2023年12月28日放送 17:00 - 18:00 NHK総合
ニュースLIVE!ゆう5時(特集)
高橋幸宏さんはYMOのメンバーとしてテクノポップという音楽のジャンルを築き、大ヒット曲「ライディーン」の作曲も手がけた。坂本龍一さんは監督を務めたオーケストラは被災地の若者を中心に結成した。亡くなる2日前も被災地の若者たちの演奏をオンラインで聴いていた。被災地の復興を支え続けた。元関脇の寺尾は持ち味の激しい突っ張りで人気であった。通算出場記録は歴代4位である[…続きを読む]

2023年11月18日放送 5:40 - 5:50 NHK総合
NHK映像ファイル あの人に会いたい(NHK映像ファイル あの人に会いたい)
音楽家の坂本龍一さんは、イエロー・マジック・オーケストラのメンバーとして活動し革新的なサウンドで一大旋風を巻き起こした。映画ラストエンペラーでは日本人で初めてアカデミー賞作曲賞を受賞。坂本さんは昭和27年東京生まれ。初めての作曲は4歳で、小学生の時に通ったピアノ教室で音楽の楽しさに目覚めた。10歳で本格的に作曲を習い始めると運命の出会いがあったがドビュッシー[…続きを読む]

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