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「B29」 のテレビ露出情報

天皇皇后両陛下はきのう、平和記念公園の中にある被爆遺構展示館を初めてご覧になった。被爆遺構とは原爆の痕跡が残る住居跡や道路跡などのこと。天皇皇后両陛下は何度も頷きながら職員の説明に耳を傾けていた。被爆遺構展示館は2022年に開館。爆心地に近い場所に残された被爆遺構を展示している。今は平和公園となっている旧中島地区は民家や商店が立ち並ぶ広島一の繁華街で、原爆が投下される前は約1300世帯、約4400人が暮らしていた。戦後、街が復興し発展する中で被爆遺構の多くは地中に埋まってしまった。2019年の調査で被爆当時の家屋の存在が明らかとなり、発掘によって側溝や家々を隔てていた石材などが出土した。今回、両陛下が初めて訪れた展示館は一部分を当時の姿そのままで保存している。広島市被爆体験継承担当・坂本優治課長は「そこの暮らしがあったということは実感できないのではないか。被爆遺構展示館は当時の暮らしの営みがあったということ、それが失われたということを感じていただきたい」、来館者は「当時2歳だったが、被爆遺構を見て涙が出た」と話した。
広島・安芸高田市に被爆遺構展示館とゆかりの深い人物が住んでいる。来月90歳を迎える平野隆信さんの家は旧中島地区の材木町にあった。母親を病気で亡くし、靴下店を営む父と兄弟4人で暮らしていた。1945年3月、平野さんは安芸高田市の祖母の家に疎開。8月5日、父は「自宅を整理しに行く」と広島市内へ戻った。それが父を見る最後の姿になった。約40km離れた祖母の家からでも原爆の凄まじさを感じたという。その8日後、広島市の自宅に向かった平野さんは変わり果てた町を目にした。先に広島市に入っていた祖母が父の遺体を発見した。自宅の焼け跡から見つかった普段使っていた鉄製のやかんの中に父の遺骨を入れて持ち帰った。今は平和公園となった旧中島地区材木町。原爆投下の時、ここで何があったのかを後世に伝えるのが被爆遺構展示館。平野さんは「陛下にそこに足を運んでいただいて、その姿が全世界に放映される。これはすごいことだと思う。戦争ほど残忍なものはない。原爆を使った戦争は絶対なにがあっても許せない」と話した。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年5月9日放送 4:50 - 5:20 テレビ朝日
テレメンタリー2026(テレメンタリー2026)
今回は軍都80年〜ものづくりと防衛産業〜をお届け。名古屋はもともと軍需工業都市になったはその都市は空襲の標的になり多くの犠牲者を出した。防衛産業が新たな選択肢となり始めている。日本銀行本店には戦時中の軍事産業がどのように拡大していったのか、極秘資料が保管されている。資料の一つには名古屋の地図があり、市販の地図に薄紙を重ねることで極秘の地図が浮かび上がり、赤字[…続きを読む]

2026年4月30日放送 23:50 - 0:35 NHK総合
映像の世紀バタフライエフェクト(映像の世紀 バタフライエフェクト)
1927年にチャールズ・リンドバーグによる大西洋単独無着陸飛行が成功し、空の時代の到来を世界に告げた。アメリカでは飛行機やパイロットへの関心が高まり、カーティス・ルメイも関心を持つ者の1人だった。カーティス・ルメイはアメリカ陸軍航空隊に入隊した。その後、日本と戦争することになり、そこで航空戦が戦争の主役になるという現実を突きつけられた。フランクリン・ルーズベ[…続きを読む]

2026年4月9日放送 4:55 - 8:00 テレビ朝日
グッド!モーニング(ニュース)
太平洋戦争末期に海に沈んだ戦闘機「紫電改」がきのう、81年ぶりに引き揚げられた。1945年4月、林喜重大尉が搭乗していた「紫電改」は米軍の「Bー29」と交戦ののち、鹿児島県阿久根市沖に不時着水した。直後に終戦を迎え、「紫電改」はその後、海底で80年を超える眠りにつく。「紫電改」があった場所は沖合数百メートルの地点。戦争を風化させず、形として後世へ語り継ぐため[…続きを読む]

2026年4月8日放送 16:48 - 19:00 テレビ朝日
スーパーJチャンネル(ニュース)
午後2時半ごろ、太平洋戦争末期、実質的な日本海軍の主力機として期待を背負った「紫電改」が海底から引き揚げられた。1945年の4月、林喜重大尉が搭乗していた紫電改は米軍「B-29」と交戦の後、鹿児島・阿久根市沖に不時着水した。直後に終戦を迎え、紫電改は海底で約80年の眠りについた。紫電改があった場所は沖合数百メートル、水深約3mの地点で姿が確認できた。戦争を風[…続きを読む]

2026年4月6日放送 1:28 - 2:28 TBS
ドキュメンタリー「解放区」八十年後のいまを生きる私たちにできること
富山の入善町立飯野小学校にて佐藤進は小学生たちに富山大空襲のことを語り部として講演で伝えていた。2025年4月14日、佐藤は90歳の誕生日を迎えた。佐藤の孫である西田七虹は幼少期から佐藤から戦争の話を聞いて育ってきた。佐藤は10歳の頃、富山県富山市で富山大空襲にあい、家族全員で川に身を潜めて降り注ぐ焼夷弾から逃れた当時を振り返っていた。アメリカ・ニューオリン[…続きを読む]

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