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「ECD」 のテレビ露出情報

1990年代初頭、日本のヒップホップ黎明期はどんな場所に人が集まっていたのか。Zeebraによると、自身がキングギドラでデビューするよりも前から”パーティー”があって、当時ヒップホップ中心の箱は渋谷ではCAVEしかなかったため、そこに色んなアーティストが集まり自然とオープンマイクが始まり、当たり前のようにマイクを回した時代があったと話した。
当時からZeebraと一緒に行動することも多かったDJ KEN-BOに当時のクラブシーンについて聞いてみると、当時はまだ夜遊びの中心が渋谷ではなく六本木などで、CAVEはその先駆けだったという。平日でも来てくれるのは音楽や夜遊びが好きな人たちで、今よりも情報の発信源も少なかったと話した。
後にZeebraの「真っ昼間」をリリースするレーベルの担当者だった豊嶋一衛さんは、お客さんとしてCAVEにも通っていたという。コアな人たちが追いかけている印象だったと話した。地下で熱を帯びるヒップホップシーンの中で、Zeebraはキングギドラを結成する。Zeebraとの出会いについて、RHYMESTERのMummy-Dに話しを聞くと。下北沢のクラブでMICROPHONE PAGERとRHYMESTERが一緒にやっていたイベントにZeebraが偵察に来たとのこと。Zeebraから見たRHYMESTERは、HIPHOPの理屈を理解し、日本なりの表現に落とし込んでると感じたと言う。また、MICROPHONE PAGERについては、ニューヨークのストリートっぽさをそのまま表現していると感じたとのこと。そこで、こいつらは将来一緒に戦う戦友になるべき人たちだと思ったとZeebraは語った。 一方Mummy-Dはキングギドラのデモテープを聞いており、日本国内でラップをしていた奴らとレベルが違うクオリティだったという。それを先に聞いていたが故に、”認めたくねぇ”とどこかで思い警戒していたと話す。互いの出会いは、DJ KEN-BOが引き合わせたという。その後、RHYMESTERのセカンドアルバム「EGOTOPIA」に収録されている、口から出まかせでキングギドラとSOUL SCREAMが共演する。「EGOTOPIA」のリリースから半年後、キングギドラのデビューアルバム「空からの力」が発表される。この作品は音楽雑誌が軒並み高評価を付け、HIPHOPシーンに衝撃を与えた。

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