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「MVP」 のテレビ露出情報

人々を熱狂させた昭和時代のプロ野球。人々が球場に殺到。昭和40年ごろにはテレビが普及し野球人気が更に加速。スター選手の活躍が連日全国放送され、家族揃って茶の間で野球観戦という昭和ならではの文化も生まれた。プロ野球選手は憧れの職業となり野球少年が急増。昭和の野球ブームは子どもだけにとどまらず、練習場には若い女性ファンが殺到。野球ブームに便乗したビジネスも。誰もが夢中になったプロ野球。いまでは見られない光景も。かつてはファンが度々乱入。当時セ・リーグと比べ人気に差があったパ・リーグ。特に観客が少ないことでお馴染みだった川崎球場ではいちゃつくカップルなど自由すぎる観客席。バドミントンや麻雀、手持ち花火を持って応援するファンも。川崎球場を本拠地としていたロッテで当時大活躍したスター選手の意外な第2の人生とは。
横浜市港北区へ。高澤秀昭は昭和54年、ドラフト2位でロッテオリオンズに入団。昭和62年のオールスターゲーム第1戦で3ランHRなど4打点。原辰徳、清原和博などを抑えMVPを獲得。首位打者、ベストナイン、ゴールデングラブ賞など輝かしい成績を収めたが平成4年、932安打、打率2割8分4厘の記録を残し34歳で現役を引退。翌年から打撃コーチなどを17年間務めた。高澤が第2の人生に選んだ仕事は保育士。61歳から保育士の資格を取るための専門学校へ通い、63歳で保育士としての道を歩み始めた。

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