バース・デイ バース・デイ
陸上400mの中島佑気ジョセフ。その出会いについては生きたい高校があり、400mのタイムなら推奨がもらえるので始めたという。スプリントをしたい中で400mを続けていくうちに強くなったという。東京都・立川市出身の中島。ナイジェリア人の父と日本人の母をもつが、中学で陸上を始めると、サニブラウンを始め多くのスプリンターを輩出した城西大学附属城西高校へ。当時の中島は全国大会の出場う経験すらない無名選手だった。声をかけたのは陸上部の山村貴彦監督だった。山村はシドニー五輪にも出場し、日本学生新記録を樹立した400mの第一人者。この出会いが運命をかえる。インター準決勝まで勝ち進み、400mの魅力に引き込まれた。大学進学後に、日本選手権で初優勝すると世界陸上に出場。翌年にはパリ五輪に出場し、わずか4年で日本代表のエースになった。急成長を支えた存在は、東洋大の監督の梶原道明総監督。身体の使い方とレース戦略。トップスピードをあげるのではなく、持続力をいかした後半型。エネルギーをロスなく使うために体の使い方に重点を置いた。最も力を入れたのは足首の強化。梶原はあえて裸足で走るトレーニングを行った。足首を固定し、地面の反発エネルギーを無駄なく推進力にかえる。対話を重ね、二人三脚で積み上げた世界陸上の舞台に立ったそして日本史上最高6位入賞に。
中島は梶原総監督に対し、一番の支えになる存在だと答え、良い景色を監督にみせたいと答えた。取材中、石川は気になることがあった。
