報道特集 (特集)
予期せぬ妊娠などで支援が必要な特定妊婦が増えている。追い詰められる彼女たちの背景には見えにくい生きづらさがあった。ある孤立妊婦の妊娠、出産、育児から考える。おととし2月、ベビー用品店に姿を見せた22歳女性は、このとき妊娠8か月。妊娠は予期していないものだった。女性が身を寄せていたのは北海道札幌のリリア。家族に頼れない、住む場所がないなど困難を抱える妊婦が一時的に無償で住むことができる施設。妊娠期から原則、産後2か月までの親子を3組まで受け入れることができる。おなかの赤ちゃんの父親として思い当たるのは2人の男性。女性には頼れる家族もいなかった。幼いころに両親が離婚し、母親に引き取られた。3歳からは児童養護施設で育った。小学6年生のとき施設の職員との関係が悪化し、その後、自傷行為を繰り返した。高校を中退し、自立援助ホームに移り住んだ。ススキノのガールズバーで働き、ホストクラブに金をつぎ込む毎日。ある日、生理が来ていないことに気づき半信半疑で妊娠検査薬を試したところ結果は陽性。妊娠には驚いたが、すぐに産むことを決断。しかし収入が途絶え、自分一人が生きていくことすらままならなかったときリリアという場所に救われた。ある孤立妊婦の妊娠、出産、育児から考える。北海道札幌市・リリア・佐々木友美相談員。食事もろくにとらない生活をしていた女性に一から料理を教える。妊婦を支えることは生まれてくる子供との生活のためでもある。リリアに助けを求める妊婦の多くは、「にんしんSOSほっかいどう」がきっかけでやってくる。妊娠にまつわる悩みを電話やLINEなどで24時間受け付けている。「中絶したいけどお金がない」「親にはばれたくないけど産みたい」。寄せられるのは、後ろめたさを感じながらもわらにもすがる思いで出すSOSの数々。にんしんSOSほっかいどうサポートセンター・田中佳子所長は「ひとりで悩まないで」と語った。おととし春、出産の日を迎えた。切迫早産の危険があり帝王切開の手術となった。女性につきそう人は誰もいない。元気な女の子の赤ちゃん。産後2か月まではリリアで過ごせるが、その先のことはまだ決まっていなかった。女性は幸い支援を受けられたが、祝福に包まれて生まれる命ばかりではない。
熊本の産婦人科・慈恵病院は、2007年に「こうのとりのゆりかご」、いわゆる「赤ちゃんポスト」を日本で初めて設置した病院。開設から18年、これまでに180人以上の赤ちゃんが預けられてきた。この病院に月に1度来て妊産婦の精神的サポートをする精神科医・興野康也氏。予期せぬ妊娠で追い詰められる女性たちには、複雑な生育環境が共通しているという。興野氏は「虐待、いじめ、DVを受けたりする中で、人に心を開くのが怖い。人に何か言っても痛めつけられるだけだと学習している人も多い」と語った。母親が孤立出産の末乳児を遺棄する事件は後を絶たない。興野氏は、子供を死に至らしめた女性たちの裁判に精神科医の立場として関わる。彼女たちの抱えるある特性が見えてきたという。北海道千歳市、2022年6月、駅のコインロッカーから赤ちゃんの遺体が見つかった。殺人と死体遺棄の罪に問われたのは当時22歳の母親。幼いころから、いじめに悩み、リストカットを繰り返した。社会に出てからも、仕事が長く続かず人間関係でもめるようになった。その後、交際相手に金を要求され性風俗の世界に飛び込んだ。客に本番行為を強要され妊娠し、誰にも知らせずホテルで出産。産まれたばかりの我が子を手にかけた。精神科医・興野康也氏は、更正支援の方向性を考えるため、弁護側の証人として彼女の精神鑑定を行った。平均的なIQと知的障害の診断を受けるIQのはざまを境界知能という。ADHD(注意欠陥多動症)のグレーゾーンにあると診断。基準を満たさなくとも一部症状のある状態。興野氏は「グレーゾーンの人が、周りも本人も気づかない。仕事、お金、人間関係で困り行き詰って不幸なことになってしまうことが多い」と語った。精神科医・興野康也氏が携わった事件は高松でも。自宅アパートの押し入れに出産した3人の乳児の遺体を次々と遺棄した女性の裁判員裁判。興野氏はこの事件でも弁護側の証人として、被告の精神鑑定を行い、ADHD(注意欠陥多動症)と診断した。興野氏は「量刑を上げる下げる意味ではない。どういうことが起きて、本人がどういう意思決定をして、どこで失敗したかを見るには精神科的な分析が必要だった。量刑が決まった後の支援も絶対に不可欠」と語った。父親が責任を放棄できてしまうのも大きな問題だと指摘。興野氏は「男性は出廷すらしない。全く罪にも問われない。注意も受けない。女性だけ懲役何年というのはアンバランス」と語った。
産後2か月で以前の施設を退去し、北海道・札幌の母子生活支援施設に移り住んだ親子。母子生活支援施設には、夫のDVから逃げたり予期せぬ妊娠などで夫がいなかったり、事情のある母子が入居している。基本的に家賃はかからない。女性が生活している施設は20世帯の親子が入所できる独立した個室と子供が遊べる共用スペースなどを備えている。施設の職員が緊急時の子供の預かりや育児のサポートなどもしてくれる。一方で、母親を過度に甘やかさず、親子の自立を促すという。女性は娘と2人で一日の大半を部屋で過ごす。保育園に入園させるまでの1年間、育児の記録をつけることにしていた。女性には、小学生のころからリストカットをするなど不安定な部分があった。出産後、精神科を受診し、そううつ病と診断された。5か月後、1歳を迎えた。生まれてから1年間つづっていた日記は、1つの区切りの365日目を迎えた。女性が子育ての中で生じた葛藤を打ち明けてくれた。