昭和天皇 後編 現人神から象徴へ

2026年4月16日放送 23:54 - 0:34 NHK総合
映像の世紀バタフライエフェクト (映像の世紀 バタフライエフェクト)

敗戦後の天皇の立場は危ういものだった。外国からは天皇個人への戦争責任の追及が主張されていたが、マッカーサーは占領政策を円滑に進めるために天皇制は必要だと考えていた。そこで天皇は人間宣言を行い、そこから復興ののための地方巡幸を行っていった。一方で批判も浴びせられるようになった。そして1946年に日本国憲法が公布されて、天皇は象徴になった。
東京裁判が本格化すると再び天皇の戦争責任を問う声が国内外に巻き起こった。東條英機は開戦の責任は自分にあると最後まで貫いた。昭和天皇は起訴されることなく、東條英機らに死刑が宣告された。1951年のサンフランシスコ講和会議で日本の独立回復が決まった。そして天皇の戦争責任をめぐる議論は表立って語られなくなっていった。
戦後復興が一段落して天皇は控えていた趣味を再開し、相撲観戦を行なうようになった。また昭和天皇はドラマ好きということもあり、度々撮影現場を見学したという。そして明仁親王が成人してからは妃選び心を配っていた。そして皇太子妃に選ばれたのは一般家庭で生まれ育った女性だった。翌年には孫になる浩宮徳仁親王が誕生した。1971年に昭和天皇は戦後初になる外国訪問をしたが、行く先々で抗議デモが行われた。1975年にはアメリカを訪問し、そこで謙虚で穏やかな振る舞いが報じられていったという。
帰国後に昭和天皇は国内で公式記者会見を行った。ただ宮内記者以外との会見に慣れてないということもあり上手くいかず、これ以降は宮内記者以外との公式会見は行われなくなったという。1987年に昭和天皇の沖縄訪問が決まったという。しかし手術を行ったことによって沖縄訪問は断念せざるえないことになった。そして1989年に昭和天皇は崩御したという。そして明仁天皇が即位したという。翌日から元号が平成になり、昭和64年はわずか7日で幕を閉じた。皇居前広場には崩御を悼んで多くの人が訪れたという。


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