父方・米村家のルーツ 熊本・八代の「太右衛門」

2026年3月28日放送 20:01 - 20:14 NHK総合
ファミリーヒストリー 國村隼~パラオの悲劇 苦難の道を歩んだ一家~

國村隼は本名米村喜洋。昭和30年に生まれた。戸籍にある最も古い先祖は5代前の太右衛門。まずは父方のルーツ、熊本県八代市を訪ねる。階下釈迦堂に残されていた延宝9年の棟札に太右衛門の名前があった。米村家の先祖は代々太右衛門を名乗り、周辺の寺や神社の維持管理に携わってきた。さらに八代市内で米村家の子孫が見つかった。國村と3代前の曽祖父でつながる川北宜子さんと夫の武司さん。宮大工をやっていた曽祖父・嘉次郎の次男として生まれたのが祖父・勝蔵だ。八千把小学校で記録が見つかった。勝蔵は父の跡を継ぎ宮大工として働き始める。勝蔵の孫・平井陽子さんに話を聞いた。勝蔵は昭和3年に家族でサイパンへ渡る。昭和7年に父・洋が誕生。勝蔵はパラオに移住し、南洋神社の創建に従事した。南洋庁に技術者として雇われ、高収入を得ていた。洋と同じ頃、パラオの小学校に通っていた方々に当時の生活を聞いた。太平洋戦争が始まり、祖母・スナと子供たちは日本へ引き揚げることに。昭和19年7月25日、天応丸に乗り込もうとした時、アメリカ軍の機銃掃射が船を襲った。娘の夫・ニコラス・ランブレクトさんは洋からその時の話を聞いていた。命からがらパラオを出航し、洋たちは神戸に到着。パラオに残った勝蔵は臨時召集され、37歳で亡くなった。


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