照英の全力!三陸スナック3 The Final (照英の全力!三陸スナック3 The Final)
いよいよ旅も最終日となり、 福島第一原発のすぐ側にある富岡町へやって来た。町の半分は10km圏内の1万5000を超す全住民が避難した。この町も震災6年後から段階的に避難指示が解除されているが、戻った住人は未だ1割以下に留まっている。それでも町にはスナックと呼べるお店が3軒ほど見つかった。やって来たのは「Fun Time」で夜に遊ぶ場所がほしいという若者の願いに答えオープンしていた。ママのあかねさんは石巻出身で3年前に単身で富岡町に移住したという。隣にいる釣貴行さんは神戸からやって来たそうである。釣さんの昼間の仕事は廃炉作業が進む福島第一原発。1号機の工事に携わるため、4年前福島にやって来たという。作業員が浴びる放射線量は厳しく管理され、年間の上限に達すると働けなくなる。だからこそ仕事の早い腕利き職人が求められるという。お客さんが次々と来て、カウンターに座ったのは釣さんの仕事仲間であった。4人とも九州出身で家族と離れ、福島に単身赴任してきたという。国と東京電力が目指す廃炉完了予定は2051年となり、まだまだ先となっていた。
いよいよ最後の店となったが残念ながらタクシーの予約が取れなかったため、歩いて向かうこととなった。15分歩いて到着したのは「ハナミズキ」。元気いっぱいのママ・とみ子さんは震災後にこのお店を始めて7年目だという。元々夫婦で理髪店を営んでいたとみ子ママは震災で避難を余儀なくされ、そのまま廃業。郡山市などでの避難生活を支えてくれたのは趣味の歌だったという。今やママを囲む歌好きの輪は世代を超えて広がっている。スナック発の歌謡祭はこれまで町のホールで4回開かれておりパンフレットも自作していた。
