2026年3月9日放送 1:25 - 2:11 NHK総合

照英の全力!三陸スナック3 The Final

出演者
照英 
(オープニング)
この番組は…

この番組は被災地を応援しようと照英が三陸のスナックを全力で突撃となる。東日本大震災から15年で原発事故の影響で全住民が避難を強いられた町では新たなスナックも生まれていた。

キーワード
岩手県東日本大震災福島県
オープニング

オープニング映像が流れた。

(照英の全力!三陸スナック3 The Final)
岩手 陸前高田

初日は岩手県の平野が広がる陸前高田市。東日本大震災による津波では死者・行方不明者が1700人を超えた。町の中心部では大規模なかさ上げ工事が行われ、8年ほど前から商店や住宅が立ち並ぶようになった。最初に尋ねるのは唯一津波の被害を免れたスマック。やって来たのは「すなっく真弓」で撮影を聞きつけた常連客がずらりとなっていた。ママの久美さんは6年前に先代ママの真弓さんからお店を引き継いだ。この日のお通しは三陸ならではの海の幸となっていた。震災当時、市役所職員だったという小山公喜さん。津波で流された土地の区画整理事業を担当し、かさ上げ工事の計画を3年に渡って練り上げた。ボックス席にも話を伺い、共同生活は5か月に及んだことなどを話した。

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すなっく真弓ツブの煮つけ早採りワカメ東日本大震災陸前高田(岩手)

続いて向かったのは市の中心部にできた商店街。かさ上げ工事が終わったあと、すぐにオープンしたスナックである。陸前高田市出身のママ・惠子さんは銀座で働いていたこともあるという。津波で店を流されたが、ふるさとを元気づけようと店を再開した。カキ漁師の新沼智文さんは毎日ねじり鉢巻をして漁に出ており、海水温上昇に原料費の高騰とかつてない厳しい状況に追い込まれていた。皆さんに将来の夢を聞いてみることとなったが、市の人口はこの15年で3分の2に減少し活気を取り戻そうと皆必死であった。

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ダイニング&バル さらり
宮城 石巻

2日目は宮城県の石巻市。人口はおよそ13万で水産業が盛んな宮城第二の都市である。東日本大震災では津波が川を遡上し、町へ溢れ死者・行方不明者は3600人を超えた。中心部にある歓楽街・立町地区はどこも1階の天井付近まで浸水したが、泥をかき出しリフォームするなどして営業を再開させた。続いては石巻一元気がもらえると噂の店で「フィリピンパブ MADONNA」へやって来た。ママの堀内エリンダさんは19歳の時歌手として来日し44年になる。東京のキャバレーを流し歩き、演歌で美声を響かせていたエリンダさんは石巻出身の男性と恋に落ち結婚して5人の子どもに恵まれた。そして35年ほど前、ここ石巻で始めたのが華やかな詩やダンスを売りにしたフィリピンパブだった。店では毎日30分間のショーを3回開催し、歌手やダンサーとして短期で来日している女性や日本人と結婚した永住者など15人ほどが働いている。15年前の津波で22歳の次女と2歳の孫娘を亡くしていた。次女の夫は今も行方不明のままである。2人の遺体が見つかったのは瓦礫に埋まった車の中で津波から1か月以上も後のことだった。

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福島 浪江町

いよいよ三陸を飛び出し福島県の浪江町へ。原発事故の影響でかつて住人全員が避難を強いられた町である。震災6年後から段階的に避難指示が解除されているが、今も町の8割は帰還困難区域で住むことができない。浪江町に暮らす人は震災前の10分の1まで減った。商業ビルの「カーニバルステーション」には4軒のスナックが営業していた。やって来たのは「スナック 華Hana」で70人が入れるという浪江で一番大きなスナックであった。岩手出身で東京の大学に通う華香さんが代表であり、店を開いたきっかけは2年前新しく事業を始めたいという母親と一緒に浪江町を訪れたことだった。夜遊べる場所が少ないといった情報も聞き店を開いた華香さんは学校が休みの日の週末を中心に店に立っている。カーニバルステーションの会長もやって来て、会長は福島市で避難生活を行っていたが9年前に戻ってきたとのことだった。無人となった駅前通りに賑わいが戻ると信じてビルを解体しなかったという。

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カーニバルステーションスナック 華Hana浪江町(福島)

続いては同じビルにある「ジャングル・ポケット」。出迎えてくれたのは笑顔が素敵なママ・千穂さん。お店は26年前に始めたが震災で横浜へと避難し、5年前に店を再開した。ボックス席には仕事で浪江町へ来てこの店で仲良くなった方もいた。土地は移住に力を入れていて、去年は住みたい田舎ランキングで全国1位となっていた。除染が完了した田んぼを借り大規模農業を始めたナカヤチさんが育てた米は全国だけでなく、アメリカやスペインにも出荷しているという。

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ジャングル・ポケット住みたい田舎ベストランキング宝島社田舎暮らしの本
福島 富岡町

いよいよ旅も最終日となり、 福島第一原発のすぐ側にある富岡町へやって来た。町の半分は10km圏内の1万5000を超す全住民が避難した。この町も震災6年後から段階的に避難指示が解除されているが、戻った住人は未だ1割以下に留まっている。それでも町にはスナックと呼べるお店が3軒ほど見つかった。やって来たのは「Fun Time」で夜に遊ぶ場所がほしいという若者の願いに答えオープンしていた。ママのあかねさんは石巻出身で3年前に単身で富岡町に移住したという。隣にいる釣貴行さんは神戸からやって来たそうである。釣さんの昼間の仕事は廃炉作業が進む福島第一原発。1号機の工事に携わるため、4年前福島にやって来たという。作業員が浴びる放射線量は厳しく管理され、年間の上限に達すると働けなくなる。だからこそ仕事の早い腕利き職人が求められるという。お客さんが次々と来て、カウンターに座ったのは釣さんの仕事仲間であった。4人とも九州出身で家族と離れ、福島に単身赴任してきたという。国と東京電力が目指す廃炉完了予定は2051年となり、まだまだ先となっていた。

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Fun Time富岡町(福島)東京電力福島第一原子力発電所

いよいよ最後の店となったが残念ながらタクシーの予約が取れなかったため、歩いて向かうこととなった。15分歩いて到着したのは「ハナミズキ」。元気いっぱいのママ・とみ子さんは震災後にこのお店を始めて7年目だという。元々夫婦で理髪店を営んでいたとみ子ママは震災で避難を余儀なくされ、そのまま廃業。郡山市などでの避難生活を支えてくれたのは趣味の歌だったという。今やママを囲む歌好きの輪は世代を超えて広がっている。スナック発の歌謡祭はこれまで町のホールで4回開かれておりパンフレットも自作していた。

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(エンディング)
エンディングトーク

照英は「皆様にスナックの素晴らしさを伝えたいと思ったんですけど足りてましたか?」などと話した。

(番組宣伝)
うたコン

「うたコン」の番組宣伝をした。

NHKスペシャル

「NHKスペシャル」の番組宣伝をした。

(告知)
NHK ONE ニュース・防災

「NHK ONE ニュース・防災」について紹介した。

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NHK ONE ニュース・防災

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