- 出演者
- -
オープニング映像。偉人の孫3人(DAIGO・森泉・尾上右近)が偉人が愛した名店を巡る。
偉人の孫3人(DAIGO・森泉・尾上右近)が偉人が愛した名店を巡る。最初に訪れたのは神保町にある「天麩羅はちまき」(1931年創業)。元総理大臣がお忍びで食した天ぷらがあるという。3人が店の奥に進むと神奈月が待っていて、竹下登のモノマネを披露した。DAIGOの祖父・竹下登は1987年に第74代内閣総理大臣に就任。1989年に消費税を初めて導入した「昭和」最後にして「平成」最初の総理大臣。調理中の天ぷらを待つ間、DAIGOが祖父の思い出を語った。総理大臣になった帰宅後の第一声は「アイムソーリー僕ソーリー」だったという。DAIGOも映っている竹下家のプライベート映像を紹介した。竹下がこの店を訪れたきっかけは政界が騒がしく落ち着いて食事するため。政治が動く時は銀座・赤坂などはマスコミが張っているので、大物が神保町に集まるという。竹下は国家公務員の名前・家族構成・誕生日などを巻物に書いて覚え、記念日に贈り物などをする気配りの人だった。お店を訪れてから11年後に竹下は63歳で総理大臣となった。その際にお礼としてお店に贈答した三品(色紙・袱紗・飾り皿)を店主が見せてくれた。色紙には座右の銘「我が道を行く」が書いてあった。DAIGOたちは竹下が食べていた「松天麩羅定食」(2200円)を食べた。竹下は穴子が好きだったという。DAIGOは「OOD」(おじいちゃん・思い・出した)とコメント。食べながら偉人クイズを出題。Q.気配りの達人・竹下登がこのお店で最初に注文していたのものは?。正解は「運転手のお弁当」。
- キーワード
- アフロインタナシヨナル映画ロッキード事件共同通信イメージズ国税庁ホームページ天麩羅はちまき安倍晋三宮沢喜一日刊現代村山富市松天麩羅定食毎日新聞社消費税神保町(東京)穴子竹下登首相官邸 ホームページ
「天麩羅はちまき」には江戸川乱歩、松本幸四郎(八代目)、緒形拳など10人の偉人も訪れた。江戸川乱歩は作家を集めて定期的に宴会を開いていたという。竹下登が首相時代に初訪米した際、夫人のファッションアドバイザーを務めたのは森英恵だった。
総勢60名の偉人が登場!続いては歌舞伎界の超大物偉人のグルメ。歌舞伎座から店へ向かって銀座の街を歩いた。尾上右近は子どもの頃から銀座が地元だったという。途中で「喫茶アメリカン」に立ち寄った。1983年創業で看板メニューは「スーパースペシャルタマゴサンド」(1200円)。松方弘樹や梅宮辰夫も愛した名店でジャスティン・ビーバーも訪れたという。
「ナイルレストラン」(1949年創業)は日本初といわれる本格インド料理店。歌舞伎座の近くにあり、多くの歌舞伎関係者が訪れる。店の奥に進むと十八代目中村勘三郎のモノマネをした神奈月が座っていた。海外公演で大絶賛され、歌舞伎の魅力を世界に示した功労者。第50回紅白歌合戦(1999年)の白組司会を務めるなどテレビでも活躍した。尾上右近の父とは従兄弟。初舞台の機会を与えてくれた恩人だという。中村勘三郎が愛したカレーを調理する間、尾上と店主が思い出を語った。中村が本場インドよりも美味しく世界一と絶賛したのが「エビカレー」(1540円)。ナイルレストランで一番辛いカレーだという。お店にまつわる偉人クイズを出題。Q.中村勘三郎は1か月の間に最高何日ナイルレストランに来店したか?。正解は25日。
「ナイルレストラン」には元首相・芸能人・歌舞伎役者など16人の偉人が訪れていた。
「ナイルレストラン」から歩いて10分の場所にあるのが「大野屋總本店」。店の前で市川段一郎さんに遭遇した。江戸末期に創業した「足袋専門店」で芸能人の足袋をオーダーメイドで製作。尾上右近をはじめ錚々たる芸能人の足形があり、尾上の祖父・鶴田浩二も通ったという。大ヒット映画「国宝」の足袋もこの店で製作された。店の奥から美空ひばりのモノマネをした神奈月が登場。美空ひばりも40年以上通い、1500足以上を作ったという。美空ひばりはレコード・CDなど生涯売上枚数1億枚超、NHK紅白歌合戦トリで歌唱13回など昭和を代表する歌手。晩年は大腿骨頭壊死症を患い、歩行も困難な状態だったが、1988年に東京ドームこけら落とし公演で復活。衣装を製作したのは森泉の祖母・森英恵だった。森英恵は「美しいものを作るから、嫌なことを口にしたくない」と言って苦労話をしなかったという。大野屋總本店の足袋「新富形」は足が細くスッキリ見えるのが特徴。
美空ひばりの晩年は足の病で歩くことも困難な状態となった。そんな足元を支えたのが「大野屋總本店」の足袋だった。亡くなる半年前にその足袋をはいて歌う映像を紹介した。美空ひばりにまつわるクイズを出題。Q.役者としても活躍した美空ひばりが役柄によって足袋に施した工夫とは?。正解は足袋にものを入れて背を高く見せた。「男役」を演じる際、身長を高く見せるため、足袋の中にものを入れる「つぎ足」をしていた。大野屋總本店では誰でも採寸をして足形を製作できる。森泉がオーダーメイドの足袋を作ってもらった。美空ひばり以外にも多くの著名人に愛され、芸能関係者の名前が書かれた台帳を番組で確認したところ、793人いた。グルメ店ではないので偉人カウントは無し。
続いてのお店は銀幕の大スターを虜にしたケーキがあるというカフェ「横濱屋」(1982年創業)。店に入ると高倉健のモノマネをした神奈月が待っていた。任侠映画のスターとして一時代を築き、1977年の映画「幸福の黄色いハンカチ」で映画賞を総なめ。事務所が店から約500mの赤羽橋交差点にあり、40年前の18時45分に初来店。それから20年間にわたり、客がいなくなる閉店間際の18時45分頃に1人で来店したという。マスターが思い出を語ってくれた。高倉を虜にしたケーキ「タルトタタン」(焦がしアップルパイ 800円)は毎日お店で手作りしている。高倉にまつわるクイズを出題。日本アカデミー賞・最優秀主演男優賞を4回受賞、ハリウッド映画「ブラック・レイン」に出演するなど、輝かしい実績を持つ高倉が語っていた言葉「役者は??だから」。正解は「役者は足腰だから」。「横濱屋」には他にも石原慎太郎や中村勘三郎など10人の偉人が来ていたという。
ここまでの偉人カウントは39名。続いて訪れたのは新橋。世界的文豪が最後の晩餐に選んだ鍋があるという。最後の晩餐に何を選ぶか語りながら店へ向かった。尾上右近は「俺がガチでナイルかも」と語った。新橋駅から徒歩1分の場所にある「末げん」(1909年創業)を訪れると、店の奥でモノマネをした神奈月が待っていた。眉毛が太く胸板が厚い人物で、幼い時から父は私によく「金閣寺」のことを語ったとヒントをくれた。正解は日本を代表する作家・三島由紀夫。ノーベル文学賞の候補にあがり、パブロ・ピカソと並び世界の百人に選ばれた初の日本人。DAIGOは9親等の親族だと明かした。戦後の日本社会に危機感を覚えていた三島由紀夫は楯の会を結成。1970年に自衛隊の市ヶ谷駐屯地に立てこもり、決起を呼びかけたが、その声は届かず、その場で自決し、45歳でこの世を去った。店主と女将が三島の思い出を語ってくれた。
三島由紀夫が愛した店「末げん」を訪れた。自決前日に訪れた三島が最後の晩餐に選んだ「鶏鍋」(ソップ炊き、コースのみで提供)を食べた。鶏肉は地養鶏・シャモ・アイガモの3つをミンチにかけ団子状にしている。三島と末げんに関するクイズを出題。三島の取材の記録に末げんが登場。何をしたと記載されている?。正解はCMのあと。
三島由紀夫が愛した店「末げん」を訪れた。三島と末げんに関するクイズを出題。三島の取材の記録に末げんが登場。何をしたと記載されている?。正解は元カノとのファーストキス。店主と女将も知らなかった。末げんには他にも多くの偉人が訪れていた。
三島由紀夫が愛した店「末げん」は、読売新聞の渡邉恒雄も常連で、安倍元首相など政治家と2人で来店していたという。DAIGOは渡邉恒雄といっしょに野球を観に行っていたと明かした。21人の偉人が愛したお店だった。今回出会えた偉人は合計60人となった。
WBSの番組宣伝。テスラがEVから人型ロボに転換へ。
- キーワード
- テスラ
- 過去の放送
-
2026年1月24日(12:15)
