- 出演者
- 三宅民夫 加藤夏希 パックン イワクラ(蛙亭)
およそ100年前の桜並木の映像をカラー化。色はAIの推定で考証も加えられている。
昭和41年放送の新日本紀行。ハタハタ漁やなまはげ、出稼ぎから戻る父を待つ秋山さん一家の様子などを紹介している。当時、家があった場所は旅館となり、秋山ひで子さんが女将として切り盛りしている。義父・敏夫さんが20年間出稼ぎで貯めた資金で旅館は建てられた。夫・邦夫さんも7年前に他界している。映像をカラー化するために街の人に当時の様子を聞き込み。昭和40年に旅館を始めた山本さんや、男鹿の漁師・鈴木さん夫婦も当時の写真を提供。カラー化した映像を視聴した街の人たちは「あの時代に戻ったような感じで涙ばっかり出た」「敏夫さんが今、生きてたら“よく頑張ってるね”って言われると思う」と当時の思い出を振り返った。
加藤夏希は「あの頃の思い出が息を吹き返し、頑張ろうという糧になるのかと思った」とコメント。
- キーワード
- 男鹿(秋田)
昭和4年に宮崎・日之影町で撮影された映像を紹介。見立地区にある英国館と呼ばれる資料館には見立鉱山で使われた当時の道具が展示されている。見立鉱山をカラー化すると日本とイギリス人などが共に汗を流す様子などが鮮やかに蘇った。最盛期は日本人とイギリス人、その家族など1500人ほどが暮らしていた。実業家のハンス・ハンターを取材してきた中込敦子さんはイギリス人技術者と日本人従業員が肩を並べ映る写真などを提供。日本とイギリス、両方にルーツを持つハンター氏。日本人従業員を大切にしていたことが写真からも伝わる。
ハンター氏は宮崎県以外にも栃木県とも交流があった。ハンター氏の釣りに関する遺品を持つ小島喜美男さん。ハンター氏が立ち上げた釣りクラブには実業家や外交官、日本の政治家も名を連ねていた。
ハンター氏が立ち上げた釣りクラブには国際親善の願いが込められていた。研究家の福田和美さんは日本の首相や皇族らがクラブに関わっていたことを明かした。1931年に満州事変が勃発。日本の中国進出に反発したアメリカとイギリス。第2次世界大戦が始まると日本は英国資産を没収し、ハンター氏のクラブ活動も禁止され、見立鉱山も日本企業の傘下となった。1940年にハンター氏は日本国籍を取得し日本に残ることを決断。1945年、終戦の2年後に脳梗塞で他界。享年64。ハンター氏が亡くなっておよそ80年。中禅寺湖はフライ・フィッシングの聖地と言われている。
パックンは「カラー化で昔の人と仲間と思うようになった」などとコメント。
エンディング映像。
プロフェッショナル 仕事の流儀の告知。
ドキュメント72時間 年末スペシャル2025の告知。
未解決事件の告知。
映像の世紀バタフライエフェクトの告知。
第76回NHK紅白歌合戦の告知。
大河ドラマ名場面スペシャルの告知。
プレミアムシネマの告知。
ザ・プロファイラー~夢と野望の人生~の告知。
