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オープニング映像。
福島県内の至るところに保管されていた黒い袋。原発事故に伴う除染作業で取り除かれた、放射線物質を含む土などが大量に発生した。福島第一原発を囲うように設置された中間貯蔵施設。この場所に福島県内のほとんどの市町村に保管されていた除染土壌が集められた。除染で出た土などは、運びこまれた日から3年以内に福島県外で最終処分をすることが法律で明記している。原発事故の前にあるその場所で運送会社を営んでいた大熊町の根本友子さん。中間貯蔵施設を整備するために会社の土地の他に家族の思い出が詰まった自宅や先祖から受け継いだ農地を手放した。自分の土地で農業はできないが、町の農業委員会お体長として、別の田んぼで米作りに励んでいる。会社と自宅があった土地は国に売ったが、農地の一部は貸すことを選択した。
土地を売らずに貸している契約件数は全体の1割にも達していない。面積に換算すると全体の8割ほどで契約が済んでいて貸している土地は15%ほど。大熊町の赤井俊治さんは、自宅があった土地を売らずに国に貸し出している。毎月立ち入りの許可を得てこの場所を訪れている。自宅の跡地に建てた石碑の回りを手入れをする。石碑に刻まれた日付は国が赤井さんの土地を返す期限の日。原発事故が起きる前は、大熊町の自宅に家族5人で暮らしていた。環境省の調査によると30年以内に福島県内で最終処分されることが法律で知っている人が県内で5割。県外で2割だった。除染で出た土などの福島県内での最終処分や再生利用について理解を深めてもらいたいと行われた見学会。これまでに5万人は中間貯蔵施設の見学に訪れ関西や関東などから参加した。一時保管されている土壌のうち、4分の3は1キロ辺り8000ベクレル以下。公共事業などで再生利用するという。環境省によると1キロあたり8000ベクレル以下の土は再生利用のために現場で作業する人の一年間の追加被ばく線量が国際的な基準の1ミリシーベルトを超えない。東京から参加した人の中には原発事故の起きたあとにボランティアとしてたびたび福島を訪れたという。除染ででた土をどのように保管されているのか少しでも知りたいと思い、中間貯蔵施設を訪れたという。
除染土の再生利用は福島県飯舘村の長泥地区の帰還困難区域だったところで実証事業が行われていて、その取り組みの評価や助言を行うため国際原子力機関が視察していた。IAEAから最終報告書をうけた半年後に、環境省は再生利用する基準を1キロ辺り8000ベクレル以下と策定した。中間貯蔵施設を午前4時に出発した1台のトラック。運ばれた先は総理官邸だった。積まれていたのは2立方メートル。一時保管されている全体量と比べるとごくわずかだった。再生利用する土は飛び散ったり流れ出たりしないように通常の土で覆われて使われる。その後東京・霞が関の中央省庁でも再生利用が行われた。政府は今後地方にある各省庁の出先機関でも再生利用を進める方針。環境省は2025年に初めて除染土壌の福島県内最終処分や、再生利用について理解を深めてもらうパネルディスカッションを行った。
環境省は2025年に初めて除染土壌の福島県内最終処分や、再生利用について理解を深めてもらうパネルディスカッションを行った。その中では厳しい意見が聞かれたという。また除染土は集中管理すべきで県外最終処分の法律を見直すべき、県内の復興に再生土を活用するほうが税金の無駄遣いを避けられるのではという意見も。中間貯蔵施設に除染土壌が運ばれてから10年以上が経過し、政府は福島県外最終処分と再生利用を進めるためのロードマップを策定。最終処分場は2030年ごろに候補地の調査・選定。2035年を目処に処分場の仕様の具体化するとしたが詳しいスケジュールなどは示されていない。総理就任2ヶ月後に中間貯蔵施設にやってきた高市総理。視察の最後にはロードマップにも言及した。
エンディング映像。
