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オープニング映像。
2023年10月7日、パレスチナガザ地区を実効支配するハマスがイスラエルを奇襲した。イスラエルは報復に踏み切った。長きに渡る攻撃でガザ地区での死者は5万人を超え、そのおよそ半数は女性と子どもたち。生き延びた人たちの間には飢餓や疫病が広がっていく。同じ空のもと万博という世界の縮図から終わらない戦争の今を見つめる。
大阪・関西万博はいのち輝く未来社会のデザインをメインテーマに命を考え未来を作り出す場を目指した。パレスチナ館では開幕に間に合わなかった展示物は11日経ってようやく到着した。ガザ地区では食料水不足からくる餓死が深刻な問題となっている。音楽フェスがハマスに襲撃され、犠牲となった多くの若者たちの写真が並んでいる。万博の来場者数が右肩上がりになる中、イスラエル人とパレスチナ人のスタッフが交わることはなかった。
パレスチナ館のラファットさんは小さなパビリオンで妻とともにいて、パレスチナ文化を紹介していた。イスラエルとパレスチナは隣り合わせにある。パレスチナはヨルダン川西岸地区とガザ地区に分かれている。領土外への移住を入植と呼ぶ。イスラエル支配下の東エルサレムに生まれたラファットさん。6歳の時イスラエル軍によって家が壊された。さらに23歳の時に逮捕された。その後パレスチナ自治政府の公務員になり、4度の万博を経験した。なぜ、イスラエルとパレスチナはいがみ合い続けるのか。
1948年、イスラエルが建国。第一次中東戦争ではイスラエルが勝利し領土を拡大。多くのパレスチナ・アラブ人が難民となった。第三次中東戦争ではイスラエルがヨルダン川西岸地区・ガザ地区・東エルサレムを占領。1996年にネタニヤフ首相が就任。そして2023年のハマス襲撃を受け、ネタニヤフ政権は激しい報復に出る。
現場へ向かった。東エルサレムは1967年以降、イスラエルが実効支配を続けている。移動は検問所で厳しく制限され、パレスチナ人は許可なくイスラエル側に入ることはできない。巨大な分離壁があり全長は450kmを超える。パレスチナの自治区とされるヨルダン川西岸地区。イスラエル国旗を掲げた入植地、入植者に安い住宅や税金の優遇措置を施す政府支援のもと高台への入植が加速している。高台から村へ入ってきたイスラエル人入植者が村のパレスチナ人男性に近づき発砲した。撃たれた男性は13回も手術を繰り返したという。
ウムアルハイル村、村のすぐそばに真新しい入植者の家が建てられた。撮影中に撃たれたアウダ・ハサリーンさんはその場で倒れ亡くなった。妻と3人の子どもが残された。ハサリーンさんを殺害した入植者はわずか3時間で釈放された。入植者はパレスチナ人に何をしても罪に問われないという。
東エルサレムに隣接する遊牧民ベドウィンの村。今、この場所が狙われている。かつて6000頭の羊やヤギがこの村にはいた。山の上には入植地が見える。村の中には入植者によって書き殴られた「復讐」という文字がある。村の幼稚園もイスラエル軍によって破壊された。E1計画によって周囲の入植地を連結すれば主要都市を行き来できなくなり西岸地区は南北で切り離される。
万博で建設マネージャーとして働くオフェルさん。週末は家族が待つ東京へ戻る。イスラエルに留学していた妻と出会い2016年に日本にやってきた。2023年の戦争開始以来2人にすれ違いが生まれた。オフェルさんはパレスチナの人々に寄り添うデモに行ったという。オフェルさんは繰り返しパレスチナのパビリオンを訪れラファットさんと何気ない日常の話を交わし始めた。
2025年10月9日、イスラエルとハマスは和平案の第1段階に合意。オフェルさんのもとに仕事を終えたラファットさんが向かう。オフェルさんはパレスチナ人も皆戦争を望んではいないと話した。オフェルさん曰く万博はパレスチナの人々と出会えた貴重な場所だったという。万博は終わりを迎えようとしていた。
ラファットさんはヨルダン川西岸地区に戻っている。家の目の前には分離壁が、自宅の屋根には制限された水を貯めるタンクがある。ベストは「二国家解決」だと思うと話した。万博会場が解体されていく。あの日正面から交わされた対話はたった一度きりのしかし確かな人間同士の希望だった。
エンディング映像。
