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世界的ファッションデザイナーコシノヒロコさんは兵庫県芦屋の山の中の豪邸に住む。2010年から世界体操やオリンピック体操日本代表のユニフォームをデザインしている。コシノ三姉妹の暮らしをのぞき見する。自宅はアトリエとギャラリーが併設され、約900坪13部屋。自宅の中は基本土足でOK、1階から2階までは専用エレベーターで移動。エステティックルームがあり、全ての食事を専任シェフが用意している。自宅の側には12年前まで住んでいた豪邸があり現在はギャラリー。母小篠綾子さんは夫を戦争で亡くし女手一つで三姉妹を育てたという。
この日はHIROKO KOSINOコレクションのデザインチェックでは、その場で衣装をカットし修正した。こどもファッションプロジェクトではプロの指導のもと子どもたちがファッションショーを体験。芦屋と東京を行き来し精力的に活動している。
新人デザイナーが対象の装苑賞を次女ジュンコさんが受賞し注目を浴びる。妹の快挙がヒロコさんに火をつけた。60歳で毎日ファッション大賞を受賞。
コシノジュンコさんは22年連続でパリコレに参加するなど世界中でファッションショーを開催。大阪万博ではパビリオンのユニフォームをデザインし、九州・沖縄サミットではかりゆしウェアをデザインした。大阪・関西万博の会場でボランティアが着用するユニフォームのデザイン監修、航空会社のユニフォームのデザインなど現役バリバリ。ジュンコさんはアートデザイナーとしても活躍している。ジュンコさんのデザインのテーマは「対極」。
夫は写真家としても活動する鈴木弘之さん。出会ったのは恵比寿の自動車教習所という。孫と共に卓球を行い、プロ棋士が自宅に来て囲碁を打つ。神楽坂女声合唱団では団長を務める。名前をカタカナにしたのは次女ジュンコさんが最初という。
コシノミチコさんはイギリスロンドンに暮らす。世界的ブランドMICHIKO LONDONの設立者で姉たちとは違うストリート系のデザインが特徴。築138年のアンティーク物件を15年前に購入し、インテリアや小物はビンテージスタイルという。友人と月に1回はお好み焼きパーティーを開いている。
ミチコさんは子どもの頃はファッションには興味がなく、短大時代は軟式テニスで全国制覇。短大卒業後は母や姉を手伝い、1973年に単身でロンドンへ。生活費を稼ぐため知人に勧められたファッションデザインの会社の面接では合格するためにファッションショーのビデオを持って行った。1985年に空気で膨らませるジャケットを発表すると、ロンドンの若者に大ヒット。移動は基本地下鉄という。
コシノ三姉妹の食事会。三姉妹はシャンパンで乾杯した。
小泉孝太郎が合流。2006年には首相官邸でファッションショーが開かれ、「ファッションに関心が無いと総裁になれない」という小泉元総理の発言が話題となった。ジュンコさんは小泉元総理と一緒に宝塚を観劇している。ミチコさんが小さいときは母親は家にいなく、ヒロコさんが母親の代わりをしていた。母綾子さんが「コシノ」をカタカナにしたという。応募者の名前は漢字4文字が多い中、カタカナ7文字の表記が目立ったとジュンコさんは話した。
ヒロコさんは「今でも現役」と話し、モチベーションを保つことについてはジュンコさんは「使命感」と話した。
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ちさ子さんの大親友、水谷川優子さんが登場。日本のオーケストラにおけるパイオニアとして知られる指揮者・作曲家、近衛秀麿の孫、ドイツのベルリンを拠点に活動するチェリストという。夫のマークさんはヨーロッパを中心にプロのヴァイオリニストとして活躍している 。また、フィンランドにも別荘があるという。
オープニング映像。
佐賀市は県の東寄りにある県庁所在地で南は平野が続き有明海に面している。加藤さんは土木工事会社で重機械を動かしている。幸福時間は野鳥の観察。今日はオグロシギがいた。
私の幸福時間の番組宣伝。
フィンランドの別荘を紹介。広大な島に水谷川さん一家と管理人さんのみ。マークさんの父親がこの家を気に入り数年間の交渉を経て見事交渉成立した。サウナハウスもある。
海老名家のしきたりは毎年旧暦のお盆(7/13)にご先祖様をお迎えする。三平さんの妻は女優の国分佐智子さん。ご先祖様を背負ったまま迎え火の上を3回飛び越える。暑気払いのために初代のお弟子さんなど林家一門が集合。隅田川花火大会の生中継が雨で中止になったため、海老名家で松田聖子が「青い珊瑚礁」を歌唱した。
三平さんの母、香葉子さんは突然40人ぐらい来てご飯を3升炊いていたと話した。