- 出演者
- 藤森祥平 マツコ・デラックス TATSUYA TEMPA 百瀬靖之
KING OF POPのマイケル・ジャクソンの半生を描いた映画「Michael/マイケル」は、全世界で興行収入1270億円を突破。世界でラストとなる日本での公開まであと10日。伝説の男の軌跡をたどるマイケル・ジャクソンスペシャル。
マイケル・ジャクソンの没後ファンの3人が集結。
3人は28歳の同世代で、同世代やもっと下の世代のマイケルファンが増えているという。なぜ若い世代に人気なのかについて、3人なりに考えたのは「時代がようやくマイケルに追いついた!?ネットのない時代、作品の力で地球規模でバズった男。SNSとの相性抜群で大バズリ中」。マツコは「ネットがないからあんなスターが生まれた。昔はみんな枯渇してる中でみてた」等と話した。インスタグラムやTikTokにマイケル・ジャクソン関連動画が沢山あることについて、マツコは「親和性が高い。切り取ったときに密度がスゴい」等と話した。さらに、現代のトップアーティストの中にはマイケルに影響を受けたアーティストも多く、星野源は「SUN」の中でマイケルへのリスペクトを表現。BTSのJUNG KOOKなど好きな歌手きっかけでマイケルを知る若い世代も急増中。
マツコの知らないマイケル・ジャクソンの世界。1969年、兄弟5人で組んだジャクソン5のリードボーカルとしてデビュー。4曲連続で全米シングルチャート1位を獲得。さらに、ソロとして1982年にリリースしたアルバム「スリラー」は売上1億枚。史上最も売れたアルバムとしてギネス世界記録に。バブル真っ只中の日本にも来日し、伝説のマイケルフィーバー。全国のテレビ局に眠るマイケルの秘蔵映像を蔵出し大公開。逝去から17年、いまだ人々の心を捉える唯一無二の魅力に迫る。
3人が自己紹介。マイケル・ジャクソンを好きになったきっかけは3人共通で2009年6月25日にマイケルが亡くなったというニュースの特集を見てだという。巷では3人のようなファンを「没後ファン」「死後ファン」などというのだという。TEMPAはマイケル研究家の28歳。マイケル・ジャクソンの関係者を取材し、ドキュメンタリー映像を作っているという。症でマイケルにはまって以来、ダンスする日々を送っていたというTEMPA。その後早稲田大学のサークル・早稲田マイケル・ジャクソン研究会へ。
- キーワード
- BADTHERILLED BY THE KINGみのもんたの朝ズバッ!ソニー・ミュージックレーベルズマイケル・ジャクソンユーコ・スミダ・ジャクソンロサンゼルス(アメリカ)早稲田大学湯川れい子真下淳
TATSUYAの肩書はマイケルパフォーマー。TEMPAと同じマイケル・ジャクソン研究会に入り、ずっと踊っていたという。現在はパフォーマーとしてイベントなどでダンスを披露。また、マイケルのステップなどを教えるダンス教室も開催。小学生から60代まで幅広い世代に人気だという。
百瀬靖之はマイケルコレクターだという。マイケルグッズを2000点以上収集。将来はマイケルをアイテムで伝える博物館を日本に作りたいなどと語った。コレクションの中で最大のものが世界に2枚しかないTHIS IS ITのロンドン公演の12mの垂れ幕だという。ライバルはレディー・ガガだという。マイケルの衣装55点を同一人物が落札したというニュースがあったが、それはレディー・ガガだったという。
マイケル・ジャクソンについて、スリラーやムーンウォークだけじゃないと3人は主張。ダンスについて、サンプリングの天才だという。Billie Jeanのパフォーマンスでは、ジェームズ・ブラウンがやっていたステップをアレンジしたものだという。Black or Whiteではサタデー・ナイト・フィーバーのジョン・トラボルタの動きをオマージュしているという。Billie Jeanのポージングも映画「星の王子さま」のボブ・フォッシーがオマージュ元だという。Beat Itではカンフー風の動きも披露している。
TEMPAは、マイケル・ジャクソンは、ストリートダンスが生まれる前にダンスを始め、いろいろなところからサンプリングして、アイコニックで特殊なスタイルを築けたなどと話した。マツコは、今は、一般の人からアーティストが取り入れるようになっているが、以前は、ごく限られたスターがすべての最先端を発信していたなどと話した。マイケル・ジャクソンとジャネット・ジャクソンが共演した「Scream」について、マツコは、ジャネットが、バッシングを受けていたマイケルを助けた形、スターになったがゆえの2人にしかわからない苦労があったと思うなどと話した。
マイケル・ジャクソンの2歳上の姉であるラトーヤ・ジャクソンについて、マツコは、リアルに感じてほしかったなどとし、百瀬は、公開された映画「Michael/マイケル」のレッドカーペットに、ラトーヤ・ジャクソンは元気な姿で登場していたなどと話した。
マイケルならではの動きをライブ中に曲のグルーヴに合わせて即興で繋げた伝説のシーンがあるという。わずか7秒間で技が10個以上。それを流れるように即興でやってしまうのがマイケルの凄さだという。
1983年、マイケルがムーンウォークを初披露した映像を紹介。滑っている時間と距離を計測すると時間は2.07秒、距離は約2.5m。1988年、BAD World Tourのムーンウォークは時間4.12秒、距離約6.2mに。顔の動きで「重力に逆らってる感」を演出。
マイケル・ジャクソンのムーンウォークの進化。1992年、時間5.03秒・距離約7.0mと最長に。ストリートダンサーたちがムーンウォークの原型となる動きをやっていたが、これを見てやってみたい!と必死に覚えてどんどん進化させていったとのこと。
マツコは「アメリカのストリートで流行っていることなんて(日本に)入ってこない。いいとこ取り全部できた。とんでもないバケモノ級の人は生まれづらくなった」と語った。
マイケル・ジャクソンがアメリカ以外で最も公演を行った国は、日本。1987年、マイケル・ジャクソンがソロとして初めて行った「BAD・ワールド・ツアー」は、日本からスタートしたという。87年9月9日、マイケルが14年ぶりに来日。同年にリリースしたアルバム「BAD」が大ヒットを記録。成田空港には、多くの人が集まり、混雑していた。チンパンジーのバブルスもマイケルと一緒にファーストクラスで来日していた。「BAD・ワールド・ツアー」は、東京や横浜などで全14公演行われ、マイケルは41日間、日本に滞在した。ライブ当日には、会場の外にも人だかりができていた。マイケルの動向は連日、ワイドショーで報じられるなど、社会現象に。
「それって実際どうなの会」、「ニノなのに」、「水曜日のダウンタウン」の番組宣伝。
1987年、BADツアーで来日したマイケル・ジャクソンは、新幹線で大阪へ。チンパンジーのバブルスとともに、大阪市役所を訪問した。1993年には、福岡ドームで初ライブ。この年、公演が行われたのは、福岡での2日間のみだった。全国からファンが押し寄せて、大パニックが起きた。
バブルス君(43歳)の現在の様子を紹介。絵を描くのが好き。チンパンジーの平均寿命は40~50歳。
マイケル・ジャクソンといえば、自らの曲の世界観を体現するため、ステージ衣装にこだわりを持つことで有名。天才マイケルの脳内を具現化した2人がデニス・トンプキンス&マイケル・ブッシュ。1985年以降、ほぼ全ての衣装デザインを担当。代表曲の一つ「Smooth Criminal」は直立のまま体を前に倒すアンチ・グラヴィティでおなじみ。MVでは体をワイヤーで吊ることで実現したが、「ライブでもやりたい!」と言い出したマイケルに対し、2人は特殊シューズを開発。マイケルのパフォーマンスは彼らによって支えられていた。「Billie Jean」の映像を紹介。Q.帽子のカーブを保つための秘密は?
マイケル・ジャクソンが実際に被ったフェドラハットがスタジオに登場。Q.帽子のカーブを保つための秘密は?A.糸で吊る。客席に投げて観客同士の奪い合いになるケースが多いため、状態が完全に保たれているのは貴重とのこと。着席指定だったため奪い合いにならなかった。
