- 出演者
- 秋山竜次(ロバート) 岡田准一
今さらシロー!の番組宣伝。
日本が誇る2大タワーに潜入SP。
東京スカイツリーは富士山、伊勢神宮と並ぶパワースポットとして人気だという。岡田、秋山らは展望台にて眺望を満喫し、ソラカラちゃんと対面。スカイツリーの延長線上には東に鹿島神宮、西に明治神宮、伊勢神宮、高千穂神社などがある。太陽の通り道とも呼ばれるレイライン上に位置し、立春と立冬の日没にダイヤモンド富士を見ることができる。
日建設計は大型施設や都市デザインなどを手掛ける設計事務所で、成田空港、GMOアリーナさいたま、東京スカイツリーなども担当。東京タワーよりも高い位置からデジタル放送を送信する必要があると放送局から要望があったといい、それでいて敷地面積は東京タワーも少なかった。耐震性も求められる。中心部に巨大なコンクリートの柱があり、この心柱が外側の鉄骨よりも少し遅れて揺れることで全体の揺れを減らしている。心柱と塔がぶつからないよう、オイルダンパーというクッション装置もあり、今回ロケが実現。しかし狭いため、秋山は入ることができなかった。
東京スカイツリーの建設にはのべ58万人が投じられ、3年半の月日を要した。岡田、秋山、河井ゆずるは関東一円にテレビ放送の電波を発信する送信所を訪れた。放送がとまらないよう尽力するが、最終的には神頼みだと神棚がおかれていた。東京スカイツリーの250mの地点では国立環境研究所がサーモカメラを使い、都市部での温度上昇の調査・分析を行っている。
10月から月曜よる10時にお引っ越しすることを秋山と岡田に報告した。
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- 品川区(東京)
正確な雪の予測には上空の気温、雪の状態のデータが必要で、東京スカイツリーの地上458m地点に測定機を設置している。岡田らは460m付近からの眺望を堪能した。
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- 東京スカイツリー
開業68年目を迎える東京タワーは、2025年インバウンドに人気の観光スポット第1位。東京タワーの建設期間は1年3か月。東京タワーが完成したのは1958年で、翌年の皇太子ご成就パレードを安定した電波で生中継するために短い期間で完成させなければならなかったと言われている。
東京タワーを造った偉人1人目は、黒崎三朗さん。黒崎さんは23歳の時、鳶職人の中心として活躍していた。当時は安全の取り決めがなくヘルメットも命綱もなしで、工期の途中から着用するようになった。命綱は行動が制限されてしまい、納期に間に合わないとそっちのけで作業していたという。巨大な鉄骨をウインチで吊り上げ、約60人の鳶職人が手作業で組み立てる。800℃のリベットを建設中の高所でも投げて受け渡しをしていた。黒崎さんは、東京タワー建設前に40m下のコンクリートに落下し九死に一生を得て1年ほどの入院で完治したという。
今さらシロー!は10月から月曜よる10時にお引っ越し。岡田はドラマの顔があるがこっちが巣だと話した。
東京タワーの設計者・内藤多仲さんは「耐震構造の父」と呼ばれ、日本で初めて耐震壁を生み出した人物。風の影響を受けるため壁を作れない塔の設計では、三角形で組んだ四角形を耐震壁の代わりとしたという。こうした1年3か月という短期間で東京タワーは完成したという。
石井幹子さんは、レインボーブリッジや姫路城など日本にライトアップという文化を根付かせ、エッフェル塔やコロッセオの記念イベント照明を手掛けるなど世界で活躍している。
世界的照明デザイナーの石井幹子さんが明かす東京タワーライトアップ秘話。東京タワーができた当時はフチだけに照明がポツンポツンとあった。1989年石井さんの手によってライトアップされるが、ライトアップが始まったのは人気復活のため。当時、東京都庁などで無料で展望台に上がれたため、東京タワーの展望台に人が少なくなったため、人気のある建物にしたいとライトアップが始まったという。日本の文化は季節に寄り添っているため、夏と冬で照明の色を変えたという。横の方から光を当てると外に拡散して漏れてしまうので、鉄骨の中に照明を仕込み内側から照らすことで独特な透け感があるという。「電気のムダじゃないか?」とかつて言われたが、東京タワーを見て「照明ってこんなに効果あるんだ」と思ってくれた人が多く、石井さんにとっては照明の効果を証明したのが東京タワーだという。
10月から月曜よる10時にお引っ越し。TBSの月曜日は7時CDTVライブ!ライブ!、9時テレビ×ミセス、10時今さらシロー!になると聞いた岡田は音楽系の人たち見てくれるかなどと話した。
今さらシロー!の次回予告。
