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相撲好きの、相撲好きによる、相撲好きのための番組。
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- 千代の富士
相撲史に残る名勝負を紹介。平成6年の九州場所。平成のライバル対決、曙×貴乃花。横綱昇進を何度も曙に阻まれた貴乃花の7回目の挑戦で、貴乃花が勝利し悲願の綱取りを果たした。
平成20年の初場所、白鵬×朝青龍。千秋楽で白鵬が勝利し優勝を決めた。
昭和50年の春場所、優勝決定戦。 北の湖×貴ノ花。貴ノ花が勝利し初優勝を決めた。
松重豊は名勝負は見ると記憶に残っているものだと話した。貴ノ花は100kg前後の体重で四つ相撲。花田虎上は父親である貴ノ花は不器用だった、父も自分で不器用だと言っていたなどと話した。
ゲスト激推しのライバル対決についてトーク。神田伯山は53連勝している千代の富士に対して、54連勝目を止めた大乃国、九州場所の千秋楽で昭和最後の取組だったという。北の富士と玉の海は同時昇進をしたライバル。その玉の海が死去した際には北の富士は「北玉時代と言われて優勝して これからという時だった」と涙した。
松重豊は麒麟児×富士櫻は時間いっぱいまで待たずに立つ、展覧相撲の一番は最高の格闘技、いつみても興奮すると話した。花田虎上は基本通り戦っている、内側から下にいくという突っ張りをしていると話した。花田虎上は師匠は怖い人が多い、テレビでみんなキレイごとばっか言っているなどと話した。花田虎上が張り手で記憶に残っているのは、今はちゃんこをやっている西乃龍の張り手が強烈だったという。
史上最大の大相撲ブーム。昭和57年、わんぱく相撲で花田勝が選手宣誓をしていた。貴ノ花の息子として幼い頃から注目を浴びていた兄弟。兄は17歳、弟は15歳で入門した。同期には曙。兄弟は厳しい稽古で知られる藤島部屋で鍛えられた。兄弟ともに新入幕を果たすと、若貴フィーバーが巻き起こる。2人が行く先々で前代未聞の光景となった。平成5年の春場所、若花田は曙との対戦で勝利。史上初の兄弟横綱へと登りつめた。
若貴フィーバーについて、神田伯山は世間の目のなかで2人とも横綱になる、こんなストーリーはないと話した。花田虎上は当時について、行く先々に待ってくれている人がいるのは感謝しかなかった、人が多すぎて飛行機に乗れなかっこともあったという。弟と相撲の話はしなかった、番付は決まった枠しかない同じ部屋でも全員がライバルだったという。
昭和53年、北の湖の結婚披露宴が生中継された。昭和54年、新弟子を追いかけた番組には入門したての北勝海がいた。初めての髷結いにも密着していた。初代・若乃花は力士らしからぬ服で戦闘機に乗り込んだ。アメリカ兵から人気だったため、飛行に特別招待されていた。
力士のイチ推しエピソードについてトーク。市川紗椰は玉鷲は趣味が手芸、しっかり細かい手芸を作っていると話した。能町みね子は力士は歌が上手い、起利錦はヘビメタが好き過ぎてヘビメタの雑誌に連載をもっていたと話した。神田伯山は放駒親方が鳩を飼うブームがあって、200羽くらい飼っていて近所は迷惑していたと話した。
中継中に起きた珍事件を紹介。取組前に客が土俵上に上がってしまうハプニングでは旭道山が押さえて対応した。常幸龍×嘉風の取組では力士の足が行司の顔面を直撃するハプニングに見舞われた。化粧まわしを着けての土俵入りでは、化粧まわしを忘れた宇良が、臥牙丸のジョージア国旗の化粧まわしで登場した。
能町みね子の記憶に残るハプニングは、取組を中断してまわしを締め直すまわし待ったで行司がうまくまわしを締められず、その手伝いに入った力士も含めて土俵上に力士が3人いる状態になった とき。
テレビ中継が伝えた大相撲。かつて、土俵の周りには屋根を支える4本の柱があったが、テレビ中継に合わせて柱は撤去された。その代わりに吊り屋根が登場。柏戸・大鵬の時代にカラー放送が始まった。
力士にとって地方巡業は大事なお仕事、年間90日ほど全国を巡る。巡業に密着した番組を発掘。昭和51年に放送されたNHK特集を紹介。移動距離は年間で1万キロ以上。新幹線も高速道路も整わない時代、窮屈な座席で過ごす。北の湖を迎えいれたのは個人のお宅。40人前の食事を用意してくれていた。巡業中、貴ノ花は家に電話をして息子たちと話していた。巡業は時代とともに変化。食事スタイルにも変化していった。土俵の上とは違った力士の表情を見られるのも巡業の魅力。
市川紗椰は、札幌の巡業は隣の自衛隊の駐屯地で風呂を借りるので、力士たちがお風呂セットを持って歩いているのが愛おしいと話した。花田虎上は自衛隊のお風呂に入れるのが一番嬉しかったという。松重豊は高校の校庭の先が海辺で、九州場所では海辺に力士の宿舎があったという。隆の里と一緒にハンドボールをしたと話した。
どちらが勝ったか分からない行司泣かせの名勝負を紹介。昭和55年(1980)秋場所の貴ノ花×高見山の取組、昭和47年(1972)初場所の北の富士×貴ノ花の取組、昭和44年(1969)春場所の大鵬×戸田の取組などが紹介された。
インタビュー名場面集。安芸乃島はインタビューでよく覚えていない、何も考えていない、と無表情で答えていた。若花田もわかりませんを連発し、無愛想な受け答えをしていた。阿炎は金星を師匠にどう報告するかを聞かれ、それより誕生日だったお母さんに早く報告したいと答えた。翔猿は相撲と同じく、アナウンサーの質問にかぶせ気味で答えていた。北の湖は優勝インタビューでファンたちがボディタッチをしていた。
インタビューでの塩対応について花田虎上は本当は話したいが、力士と書いて武士だと教えられてきた、武士は情けをかけないといけない、相手にも親兄弟がいるから勝っても喜びを出すなという教育だったと話した。神田伯山は金星をとったときのニコニコの臥牙丸が好きだと話した。
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2025年7月29日(19:57)
