- 出演者
- 黒柳徹子 高畑淳子
高畑淳子は売れない頃はスナックや彫刻のモデルのアルバイトをしていたという。俳優人生50年。アルバイトをしなくなったのは32歳くらい。子ども向けのレンジャーものの悪者の役をやったという。70代になると記憶力が低下し、セリフが覚えられなくなったと話した。お金を下ろしに行って、現金を取らないで帰ってきたことがあると話した。ここ数年で記憶力が一気に低下したという。大恩人の西田敏行には本当にお世話になった。セリフなんか覚えていかなくていいと言われたと話した。劇団に入って最初の仕事がラジオドラマ。高畑淳子は西田敏行に宇高連絡船の讃岐うどんをごちそうしたが、思うような反応ではなかったという。一番の思い出について、高畑淳子は西田敏行と旅をしていた時、部屋飲みでひどい酔い方をしたが、西田敏行は自身の妻と似た酔い方だという理由で最後まで看病してくれたと話した。西田敏行が番組に出演した時の映像が流れた。西田敏行にはよくご飯をごちそうしてもらっていたという。
高畑淳子は香川県出身。高校を卒業するまで香川県にいた。両親は家庭内別居をしていたが、ハンサムな父に母が一目惚れし、猛アタックして結婚したという。芝居の世界に入ることについて、父は反対したが、母は背中を押してくれた。しかし、後年は母の方がぐちぐち言っていた。父は何も言わなかったと話した。父はがんで先に亡くなった。母は2年前に95歳で亡くなった。母は晩年は一人暮らしだった。几帳面なのに部屋が汚れていることに違和感を持ち、施設に入れた。それからは認知症が急激に進んだという。高畑淳子には2人の弟がいたが、育たずに亡くなった。それもあって、高畑淳子が妊娠した時、母はすぐに東京に来てくれた。絶対に四国は離れたくないと言っていたという。高畑淳子は冷たくなった弟を抱いた覚えがあると話した。
高畑淳子は藤山直美と「おだまり、お辰!」で共演。5月の大阪公演の後、東京で公演。6月12日から明治座で公演する。これからの目標は健康。黒柳徹子はよく寝て、よく食べる。運動もしていると話した。高畑淳子は寝付きが悪いと話した。
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