高畑淳子は売れない頃はスナックや彫刻のモデルのアルバイトをしていたという。俳優人生50年。アルバイトをしなくなったのは32歳くらい。子ども向けのレンジャーものの悪者の役をやったという。70代になると記憶力が低下し、セリフが覚えられなくなったと話した。お金を下ろしに行って、現金を取らないで帰ってきたことがあると話した。ここ数年で記憶力が一気に低下したという。大恩人の西田敏行には本当にお世話になった。セリフなんか覚えていかなくていいと言われたと話した。劇団に入って最初の仕事がラジオドラマ。高畑淳子は西田敏行に宇高連絡船の讃岐うどんをごちそうしたが、思うような反応ではなかったという。一番の思い出について、高畑淳子は西田敏行と旅をしていた時、部屋飲みでひどい酔い方をしたが、西田敏行は自身の妻と似た酔い方だという理由で最後まで看病してくれたと話した。西田敏行が番組に出演した時の映像が流れた。西田敏行にはよくご飯をごちそうしてもらっていたという。
住所: 岡山県玉野市築港1-1-1
