- 出演者
- 有馬嘉男 大谷舞風
オープニング映像。
台湾はいま半導体の製造で圧倒的シェアを誇り世界をリードしている。その原点はハイテク産業に力を入れはじめた1980年代。当時人々には南北をつなぐ高速鉄道が欲しいという願いがあり、1993年に高速鉄道の建設計画を発表。選ばれたのが日本だった。関係者が喜ぶ中、プロジェクトの土台工事のリーダーを任された渡邊は思い悩んでいた。告げられた計画では工事スピードを通常の2倍で進めなければならず、レール敷設距離も300キロ以上もあった。
渡邊は九州新幹線の建設現場に凄腕の技術者がいると聞き、日本エンジニアの磯畑に会い仕事の早さ、正確さに驚き台湾のプロジェクトの話をした。磯畑は即答で仕事を受けることにした。
VTRを振り返り渡邊は、私が欲しかったものを磯畑さんはすべてお持ちだったなどと話した。また磯畑は天から授かったものだと思いしめたと思ったなどと話した。
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- 台湾高速鉄道
2003年に渡邊と磯畑は台湾に乗り込んだが、工員の確保という問題に直面した。時速300kmで走る高速列車はレールの繋ぎ目にわずかな凹凸があると跳ね上がってしまう。台湾高速鉄道ではレールの凹凸は0.2ミリ以内にすることが義務付けられており、粗仕上げを行う技術者が数百人必要だった。渡邊は磯畑に台湾の工員を育ててもらうようお願いし、磯畑は通訳を20人雇い台湾の工員を集め研修が始まった。そして日本との文化の違いなどを乗り越え7月にレールの敷設工事がスタート。しかし現場のムードは悪く工事のスピードは上がらなかった。
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VTRを振り返り通訳の代表を務めた陳美玲は当時の磯畑は現場に行くと顔が鬼だったなどと話し、日本と台湾では安全意識の違いがあったと話した。またスタジオに本物のレールが登場し、凸凹の少なさを検証した。
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日本と台湾、異なる文化ですれ違う工員たちだったが、お互いが相手の立場を考えるようにつとめた。またカラオケや飲み会などを通じて親しくなり現場の雰囲気も良くなった。こうしてプロジェクトは軌道に乗りはじめた。しかし残業などで工員に疲れが見え、議論を交わした上で早くノルマを達成すれば早く帰れるやり終いを導入した。このやり終いの導入で工員の技術の習得スピードが上がった。そして日本人が担当していた精密仕上げも台湾の工員に任せられるようになった。こうして前代未聞の難工事を磯畑に託した渡邊は、現場を歩き日本と台湾が協力して敷設したレールを見て込み上げるものがあった。
VTRを振り返り5万3000か所の溶接をやり終えた時の気持ちを聞かれた磯畑は、何事にも代えがたい快感だったなどと話した。また渡邊は磯畑さんには大変ご苦労をかけたが作っていただいて感謝の気持ちでいっぱいになったなどと話した。
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2007年に台湾高速鉄道は開業。台北から高雄までをわずか1時間半で結び悲願だった1日生活圏が実現した。レール敷設工事を通して技術を磨いた台湾の工員の多くはいまでも現場で安全を守っている。また、磯畑は81歳のいまも現場に立ち北海道新幹線の安全に目を光らせている。塩見は帰国後にがんを患ったが、通訳の陳さんが熱心に看病し2人は2010年に結婚した。
エンディング映像。
新プロジェクトXの次回予告。
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