台湾はいま半導体の製造で圧倒的シェアを誇り世界をリードしている。その原点はハイテク産業に力を入れはじめた1980年代。当時人々には南北をつなぐ高速鉄道が欲しいという願いがあり、1993年に高速鉄道の建設計画を発表。選ばれたのが日本だった。関係者が喜ぶ中、プロジェクトの土台工事のリーダーを任された渡邊は思い悩んでいた。告げられた計画では工事スピードを通常の2倍で進めなければならず、レール敷設距離も300キロ以上もあった。
渡邊は九州新幹線の建設現場に凄腕の技術者がいると聞き、日本エンジニアの磯畑に会い仕事の早さ、正確さに驚き台湾のプロジェクトの話をした。磯畑は即答で仕事を受けることにした。
渡邊は九州新幹線の建設現場に凄腕の技術者がいると聞き、日本エンジニアの磯畑に会い仕事の早さ、正確さに驚き台湾のプロジェクトの話をした。磯畑は即答で仕事を受けることにした。
