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オープニング映像。
今回は車椅子工房の職人たちを紹介。
東京・東村山市にある車椅子の工房のコボリン。わずか6人の小さな会社で重い障害のある人に向けた電動車椅子が専門で、メーカーから仕入れた製品を作り変えて販売している。既製品にない様々なパーツは手作りで一人一人の障害や体の機能にあわせたオーダーメイドの車椅子。体のわずかな動きだけで操作できるものも。この日工房にやってきたのはあやかさん。製作中の車椅子にのり仮合わせをした。脊髄性筋萎縮症だというが立てない、歩けない娘になんとしても車椅子を作ってあげたいと母親のそんな思いからわずか2歳で電動車椅子に乗った。2ヶ月後に控えた高校の入学式。新しい車椅子で臨みたいと心待ちにしていた。体を自由に動かせないあやかさんに作るのは特別な車椅子。手元のスイッチで姿勢を思い通りに変えられ独自に開発。快適な姿勢を保つために体にあわせ調整していく。しかしあやかさんは車椅子のデザインが気に食わないと答え浅見さんは試行錯誤。あやかさんは変更したデザインを気に入ったようだった。
浅見さんはランチをとるというが食べるものは決まっているという。三度のメシよりも寝不足解消が優先で、服も365日同じ新しい服。車椅子に捧げているのには理由があった。専門学校を卒業後に大手企業に就職したが3年で退職。広い世界を見てみたいと世界一周の旅に出ようと思っていた。中でも強く心に思ったのが南米のスラム街で出会った子どもたち。劣悪な状況でも元気な子どもたちに心を動かされたという。しかし一方で貧富の差に世の中の不条理を感じた。無力感に苛まれた時、共に旅していた人の言葉をうけて帰国。まずは行動をしてみなさいという言葉にできる仕事を始めた。その中で出会ったのが電動車椅子を作る事。機械いじりの好きだった浅見さんは2000年に車椅子工房に就職。その後独立し工房を開いた。経営状況は今でも厳しいが、旅の言葉が原動力になっている。そして趣味にもこだわりがあり、原付バイクは郵便局の払い下げを買って改造したという。ツーリングで北海道にまで向かった。
車椅子が完成しあやかさんはその出来栄えに満足度は高いと答えた。浅見さんは乗る人の新たな一歩のために大胆に車椅子を改造していく。入社して9年目の三浦さんは、バンドマンとしての活動をもちながらここで働いているという。食事にこだわらない職人魂。仕事を任されたのは、筋ジストロフィーの細野さんは首から上と手の指以外は動かすことはできない。現在つかっているのは浅見さんが10年前に作った車椅子。筋力の低下で、操作がしづらくなり作り変えることになった。操作レバーを試したが、特別な軽いレバーも操作ができない。肘掛けの高さを調整し2時間にわたる調整の末に細野さんの体力に限界が。三浦さんは難しいと答え、何も見えていないと答えた。浅見さんもこの仕事には難しさと奥深さがあると感じている。浅見さんも担当しているあやかさんについて、本当に姿勢はあれでよかったのかと感じている部分があるという。もっといい方法があるのではとずっと思っているという。
三浦さんは細野さんの自宅にいたが、移動の疲れをなくし普段の状態でテストしてもらうため遠出した。ヘルパーの助けもあり、細野さんは一人暮らしをしている。この日三浦さんが注目したのは現在の車椅子にのる細野さんの姿勢。かつて浅見さんが作ったものを参考にし、力のいれやすいものに調整していく。すると動かす事に功した。4月になるとあやかさんは入学式に臨んだ。細野さんの車椅子も完成。白色の車体にしたことに三浦さんはモチベーションが上がったのではと答えた。
次回は明日を変える!車いすお着替え職人たち。
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